人前で弾く緊張について(2)

前回からの続き。

プロの演奏家って、You tube とかで見ても、全然緊張なんかしてないように見えますよね。
余裕でリラックスして弾いているかのようにさえ見える。


でも、これももう30年かそれ以上前の話になっちゃうけど、確かN響の首席フルート奏者(当時)だったか誰だったかだと思ったが、もうそんな一流の演奏家ですから、何度も本番の舞台を踏んでるわけです。
しかし、そんな人ですら、本番はやっぱり何度やっても緊張します、みたいなことを話していた。


プロでも、本当は緊張しているんですね。


で、極度の緊張下でも力を発揮できるためには、圧倒的なサービス精神で臨むといいんじゃなかろうか、というのが前回までの話。


んで、緊張下で失敗の原因となるような、自分がいいカッコしたい、いいトコ見せたい、自分が称賛を受けたい! みたいな、個人的で自分中心な動機が沸き起こってくるような場合は、どうするのか?


こういう、自分本位な気持ちから出発して舞台に立つと、たいてい何か失敗をやらかします。
やらかさなくても、あまりうまくいかなかったりする。


でも、そういう気持ち自体が、悪いというワケではないのです。
そもそもなぜ、そういう、「自分がいいカッコしたい」「人にいいトコ見せたい」「称賛を受けたい!」というような欲求があるのでしょうか。


突き詰めてその源泉を探っていくと、最終的には「心の寂しさ」に行きつきます。
小さいとき、親から十分に愛情を受けられなかった。
それが、心の寂しさ、心の飢え渇きとなって、深層心理の奥深くに沈潜する。

人から愛されたい、誰かに愛してほしい、そういう渇望が、無意識下に常にある状態となる。

そうなると、その意識下の渇望が、無意識に私たちの行動原理となってしまう。
いつしか、人の目を引きたい、人にいいトコを見せて、自分を見てほしい、称賛してほしい、そしてできれば愛してほしい……そういう風に、心の奥底の渇望が、私たちの心のありよう、あるいは行動そのものの源泉となってしまっているんですね。


でも、私を愛してほしい! といくら願って頑張って他人にアピールしてみたところで、その他人だって、同じように自分を愛してほしい人たちばかりなワケですから、誰も振り向いてくれやしないのです。


だから、そのような行動原理から出発して楽器の演奏に臨んでも、決してうまくいなかい。


では、どうすればいいのか?

一つの答えとしては、自分自身の心の奥深くを見つめ、自分の中から沸き起こってくる欲求や衝動の根幹に、実は「心の寂しさ」「愛情への渇望」がある、ということを自覚して、そこに気が付くことです。

あ、そうか、そうだったのか……自分は本当は、それ(愛情)が欲しかっただけなのか……と、そこに気づく。
気づいたからといって、そうした欲求がすぐに消えてなくなるワケではないのですが、気づくことにより、それに支配されることがなくなるのです。

それ(心の渇望)が行動原理ではなくなることができる。
それ(心の寂しさ)に支配されずに、それとは違った行動原理で動くことができるようになってきます。


自分が称賛を受けたい! とかいう欲求から自由になって、圧倒的なサービス精神を動機として演奏に臨むこともできるようになってくる。



ちょっと話しが逸れますが、「心の寂しさ」は、あらゆる依存症とか中毒の原因にもなります。
愛情に飢えた心を、別な何かで満たそうとして、何かに依存したり、中毒になってしまうのです。

ギャンブル依存症、アルコール依存症、薬物中毒、ゲーム中毒……etc


みんな、突き詰めれば究極的にすべて「心の寂しさ」を埋めるための代替措置として、行われている。
でも、代替措置では決して埋めることなどできないから、いつまでも依存し続けることになってしまう。


これらは、道徳的に悪いとか何だとか、当人を責めてみたところで、絶対にやめることなんてできるハズがない。
根本の原因に気づいていないからです。

これは、当人自身が、それらの依存症の根底に、愛情に飢えた寂しい心があるんだ、ということに気づいて、そこから自由になる以外に治療法などないんです。

医学的にどうだこうだ、なんていう御託は、まったく無意味で大嘘ですよ。



あと、人から愛されたいのであれば(誰でもそうでしょうけど)、まず自分から人に愛情をかけなければいけません。
まずは自分自身が、心の飢えから自由になって、そして自分から他人に愛情をかけていく。

まずは家族から。
そうするうちに、やがて相手も愛情で返してくれるようになってくる。
少し時間は掛かりますが、根気よく続けていれば、そのうち必ずいい結果になってきて、人間関係が良くなってくる。


まあ少なくともワタシはそうやって生きています。


なんだか、仏教説話みたいな話になりました。
あちらこちらで同じようなことが話されているような気もします。

しかし、全然、世の中に広まってないし浸透してないんじゃないか、と思わせるような、悲惨な事件やら何やらが多くて。
新聞やテレビのニュースにならないような、身近なところでも、子どもに対するネグレクトなんていう事例が、たくさん耳に入ってくる。

なんでそんなに、冷たくできるんだろうな~、と信じられない気持ちになりますわ。


でもそういう親は何人もいるんです。
子どもほったらかしで男に走るシングルマザーとかね。

でも、こういう人だって、やっぱりその心の奥底には愛情に飢えた寂しい心がある。
その渇望を埋めたくて、男に走っちゃう。
自分が愛されたい欲求ばかり強くて、子どもを愛することができない。

だから、いくらそういう人を、道徳的に悪い、とか責めてみたって、法律で縛ってみたところで、絶対に改善するワケがない。
その人自身が、自分が男に狂ってばかりで子ども放置なのは、心の奥底に、愛に飢えた寂しい心が沈んでいて、それに行動を支配されてしまっているからだったんだ、と気づかない限りは、絶対に何があろうとも、変わることはありません。


でも世間一般の常識で行くと、子ども放置のネグレクト親はバッシングされて当然! みたいな風潮があるでしょ。

その親だって、可哀そうな人なんですよ、本当はね。


でも、誰にも救えない。
自分自身が気づかない限りは、絶対に無理。


でも、あまり道徳的に責めるのもちょっと違うと思うワケです。


何か、話が脱線した。
今日は酔っぱらってないけどね。


ちょっと酒は控え中……



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人前で弾く緊張について。

故あって、人前で弾いてきました。
ヴァイオリンを。


お金をいただいて開くコンサートとかじゃないですよ。
とある集まりの中で、余興みたいな感じで。
会場もホールとかじゃなく、会議室くらいの広さだったかな。

でも意外に聴衆はたくさんいた……


弾いた曲目とか、開催日時、場所等は、参加者が万が一これを読んで、「あっ、これを書いてる人って、あの時弾いてた人なの!?」とバレるとイヤなので、詳細は伏せておく。


曲はクラシックとかじゃなく、歌のメロディーラインだけをヴァイオリンでワタシが担当して、その他にも複数の楽器が入って合奏、みたいな形式での演奏でした。
ヴァイオリンが主旋律担当なので、一番緊張する、という……


正直に率直に言って、もうガクブルでしたよ。

本番の1週間前くらいかなぁ……集まってリハーサルのときから、すでにガクブルで弓は震える、左手は力が入らなくてうまく押さえられない、とさんざんな有様。

そこから、どうやって本番を乗り切ったのか。


まず重要なのは、日々の練習。
ゆっくりと遅く、左手指はがっつりと力を込めて、強く押さえながら音もはっきりしっかりと大きく出して、指に、体に、自分自身の内側に奥深く浸透させていくような、そんな練習を毎日、重ねた。

日々の練習で一番重要なのは、絶対に間違えないこと。
とにかく、「正しく弾く」ことだけを繰り返す。
練習のときに間違えて弾くと、間違えるクセがつく。

これは致命的。
練習のときには、絶対に間違えずに正しくだけ弾く。
それを何度も繰り返して、「正しく弾くクセ」を体に沁み込ませる。

いつ何時でも、常に「正しく弾くクセ」を体に覚え込ませる。
例え、緊張してガクブルで、頭が真っ白になって次に何弾くのか分からなくなったとしても、ついついいつものクセで正しく弾いてしまう、それくらいに深く強烈に、正しく弾くクセを体に覚え込ませる。


これが基本。


でも、これだけでもまだ足りない。

人前で弾く、というのは、どう頑張っても、何をどう努力してどう工夫しても、絶対に緊張するものである。


ヴァイオリンじゃなくて、ビリヤードの話になりますが。
昔、ビリヤードが流行っていた頃に読んだんですが(30年以上は昔かな?)。

ビリヤードの、世界選手権みたいな大会で、日本人選手が決勝に残ったらしくて。
その日本人選手が書いていたのですが。
優勝を決する最後の戦いで、対戦相手の誰か(日本人じゃなくて外国人。どこの国の何ていう人かなんて忘れた)の撞く番。
このひと撞きでナインボールを沈めれば、その対戦相手の外国人の優勝、という、最後の勝負を決める一瞬だったそうなんです。

ふと、その外国人を見ると、手がブルブル震えていたそうで。
ものすごく、相手も緊張しているんです。

しかし、その外国人は、そんな手がブルブル震えるくらいの緊張状態の中でも、正確なショットを放って見事にナインボールをポケットに沈め、優勝を手にしたそうなんです。

そのとき、その日本人選手は、これが世界レベルなのか、と非常に衝撃を受けた、とかいうニュアンスのことを書いていた。


つまり、「強い人」というのは、緊張しない人、のことではない、ということです。
手が震えるくらい極度の緊張状態の中でさえ、力を発揮できる人、それが本当に強い人なんだ、ということなんですね。


ヴァイオリンも同じなのかなぁ、などと考えた。
緊張してガクブルな状況下でさえ、いい演奏ができる。
それが一流の奏者なのか……?
などと。


では、緊張に負けない心構えとは、どんなモノなのか。


ワタシなりに今回得た答えとしては。


お客様に楽しんでいただきたい、という、おもてなしの心なのではないかな、と思った次第です。
何人も詰めかけてくださいました聴衆の皆さまを前にして。

そりゃあ、緊張します。
ガクブルです。
だってワタシ、しょせんはレイトですよ?


しかし。
ここで気持ちを切り替えるのです。
これから弾くこの曲……この曲の良さ、感動、心に沁みるところ、そういう楽しさを、みんなに伝えたい。
多くの人と共有したい……
みなさんに楽しんでいただきたい。

そういう気持ちから出発して、演奏に臨む。
この曲の、ここがいいんだよね!
ここの和声的な進行が、心に沁みるんだ!
ここの、この音色がたまらなくいいんだよ!

そういうのを、多くの人に伝えたい、同じように、感動してもらいたい……
そういう、おもてなしの気持ちで弾き始めると、そういう気持ちの方が緊張を上回って、緊張した状況下であっても、間違えたりなどせず、むしろ練習のときよりもうまく、音楽的にノッて、キレイに、ステキに弾ける。
聴衆が前にいると、練習のときよりも、ダイレクトにその反応を感じることができる。

よしっ、次の和声的な響きがたまらないんだぜ? ここを聴いてくださいっ! どうぞっ!
みたいな。

そういう、サービス精神というのか、おもてなしというのか。
そういうのがどんどん沸き上がってきて、むしろ練習のときよりも、本番が一番、うまく弾けた、というような結果になるワケなんです。


もう、サービス業の極み、というモノです。
ワタシ、こう見えても(見えてないけど)、若い頃は飲食関係の接客業とかもしてましたからね……
サービス業、というのがどんなものか、一応は分かっているつもりではいます。

人前でヴァイオリンを弾く、というのも、究極のサービス業なんじゃないか、いや、究極のサービス業そのものだな、そうに違いない、と今回は確信いたしました。


まあ、当然ですよね。
お客様に楽しんでいただくのが、演奏家の使命ですもんね。
そりゃあ、究極のサービス業に違いありゃしませんや。


だから、、極度の緊張下でも間違ったり、弓が震えて跳ねてバコバコ弦の上で踊ったりなどせずに、きちんと曲を弾ける力というのは、突き詰めていくとサービス業の、お客様に楽しんでいただきたい、という精神に尽きるんじゃないか、と。
そう、思ったのでありました。


ま、実際、本番が一番、練習のときよりもうまく弾けて、評判も上々でした。
いや、本当はもうガクブルで緊張しまくっていて、本当のことを言うと、緊張のしすぎで吐き気はもよおすは、お腹は下るはで、もう本当にヒドい状態だったんですけどね!


もうね~、一週間どころか二週間前くらいから、緊張のあまり慢性的な吐き気、下痢、あと謎の気持ち悪さに苛まれ、苦しめられる日々が続いていましてね。
それくらい、人前で一発弾く、っていうのは厳しい行いなワケなんですわ。


でも、そんな極度の緊張を上回るのは、お客様に、最上の音楽をお届けしたい、この感動を同じように味わってもらいたい、共有したい! という、究極のサービス精神というか、おもてなしの心というのか。

そういったモノなんじゃないか、とつくづく、しみじみと実感した次第でありました。


まあ、めっちゃ疲れましたけどね……
なんか、ワタシ一人だけがガクブルだったみたいで(だって主旋律担当ですよ?)
共演者の方から、「楽しかった♪」とか言われましても。
俺様にはそんな余裕、まったくなかったぜぇ~!(T▽T)


表向きは、楽し気に演奏しているそぶりで、演技しましたけども。
本当はガクブルで、楽しんでる余裕なんて皆無!
本当は必死!!

必死で、お客様に楽しんでいただけるよう、最善の努力をいたしただけでありました。


でも、結果は、意図した通り、上々の出来に終わったようだったので。
まずは、良かった。
ε=(´o`;)



これがですねぇ~、「自分がいいカッコしたい!」とか「いいトコ見せてやるぜ!」とか、「称賛を得たい!」みたいな、個人的な欲求から出発してしまいますと、100%、絶対に失敗します。


人間っていうのは、どういうワケかは分かりませんが、そういう風にあらかじめ出来ている。
それは、まぎれもない事実です。


でも、人間、ついつい、自分がいいカッコしたい、いいトコ見せて、称賛されたいッ!! というような欲求を持ってしまいがちです。

そういう、個人的かつ自己中心的な欲求を、じゃあどうすればいいんだよ!?
というテーマに関しましては、ちょっと今夜は遅くなってしまいましたし、明日の業務にも差し支えますので、明日以降に続く、ということで……


(続く)


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改めてバッハ無伴奏の難しさ。

今日は無伴奏な気分だった。
ヴァイオリンでバッハの無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番ニ短調BWV1004からサラバンド。
これ、いいッスね……

沁みるね。


ほとんど暗譜するくらいまでになった。
だからどうした、という話だが……暗譜で弾く場面が、とりあえず皆無。


楽器はあるけど楽譜はない、けど何か弾く……なんていう場面、日常生活であるワケないじゃないですか。
発表会に出るワケでもないし。


まっ、それはともかく。
無伴奏の後は、『新しいヴァイオリン教本』の第4巻から、巻末の音階練習。
これ、以前はただ面倒くさいだけで苦痛でしかなかったのだが。
先生について習っていたときも、その辺、ワタシの心を顔色等で読んだのか、あまりやらされなかった記憶がある。

しかし、今になってみると、これはこれで非常に有用ですね……
昨日も書いたけど、音楽的に歌わなくてもハイポジションに上がる感覚を左手指に覚えさせることができる。

これで左手指がハイポジションに慣れていれば、曲の中でハイポジションに上がるときも、苦もなく上がれる、という寸法。

なるほどなぁ……
世の人が考え出すことには、ちゃ~んとウラというか真意があって、意味がちゃんとあるモンなんですね。


……でも、面白くはないですけどね。
地味にやっておくのも、いいモノだけども。



すぐにヴィオラに持ち替え。
ヴィオラも無伴奏な気分。

バッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007の、プレリュードから弾き始める。

う~ん、若い頃とか、若い頃どころかついこないだまで、怖いもの知らずで、バッハの難しさなんて考えもしていなかった。

ただ、ええ曲やな~、と思って、その「ええ感じ」を味わうことに夢中で。
運命さえ、まだ知らない、いたいけな瞳、みたいな。

でも改めて、今になってみると、これってけっこう難しくね?
と思う。

まあその、構え方を変えたせいで、ボーイングの角度が微妙に変わってしまって、それで弾きにくくなった、ってのはあるんですよ。

でも、それだけじゃなく……


音楽的により良く、優れた演奏をしようとすると、途端に激烈に難しく感じられてくる。
何も考えずに、ただ弾くだけなら、第1番あたりはそれほど苦労することもなく弾けることは弾けるんです。

でも、なんだろうね……

不思議と、これで完成! と思えるような演奏が、できない。
なぜか、弾けば弾くほど、「もっと良く弾けるんじゃないか?」「もっと上手に弾けるんじゃないか?」「もっと感動的に弾けるんじゃないか?」……という、どこか満たされないような不満が残るような。

やり切った感が、ない。
達成感が、ないんですよ。

どこかしら、いつも必ず不完全、不完全燃焼、のような。


何なんだ……この、バッハの泥沼にはまる感触は?


プレリュードは、これまたほとんど暗譜してしまっている。
楽譜がなくても、最初から最後まで弾くことができるまでになった。
途中、あれ、次何だっけ……ってなることはあるけど、すぐに思い出して次に進んで、最後までは行ける、みたいな。
止まったり弾き直したりはありつつも、最後まで楽譜を見ずに到達することはできるくらいになった。

それだけ、繰り返し何度も弾いたということだ。
しかし、それくらいまで弾き込んでも、なお余裕で楽々と弾くことができない。

もっと、楽勝で余裕で弾き切ることができればいいんですけどねぇ……

弾いても弾いても、楽にならない。
いつまで経っても、弾くのはしんどいです。

次のアルマンドも、すげぇいい曲なんだけど、やっぱり弾くのはとてもしんどい。
余裕では弾けない。


いったい、何年にわたって弾き続けているのだろうか。
少なくとも20年を軽く超えている……


それでもなお、極めつくせないこのバッハの奥の深さというか、難しさというか。


プロのチェリストでも、一生かけて追及するだけの世界が、確かにそこには存在するわ。

ドイツの文豪、ゲーテが言っていたのだったと思ったけど。
学問というのは、知れば知るほど、学べば学ぶほど、どんどん深くなっていって、まるで、海に行って砂浜から波の中へ入り、深い方へ深い方へと進んでいくと、進めば進むほどにどんどん深くなっていってますます底が知れなくなっていく、というのに似ている、みたいなことを言っていた気がする。


バッハの無伴奏も、まさにそれだ。
最初は、第1番あたりは「あぁ~、これくらいなら、弾けるレベルだわぁ~楽勝、楽勝♪」なんて余裕こいてる。
これはまだ、海に行って波が打ち寄せる浅いところで遊んでいるレベル。

でも、もっといい演奏にしたいなぁ、もっと感動的に弾けるんじゃなかろうか? と、ふと思って、もっと奥へ進んで行こうとすると、海が砂浜から遠くなればなるほど急激に深くなるように、バッハの音楽は急激にその相貌を変え、すさまじく厳しく急峻な頂となってワタシたちの前に立ちはだかるのでありました。



バッハの無伴奏。
人前で余裕で楽々と弾ける日など、果たして来るのか……?
来るといいなぁ。


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無味乾燥な練習曲の意義

最近、忙しくって疲れちゃって。
あまり練習できない。

ヴァイオリンは、『花は咲く』みたいなメロディーを弾くだけの易しい曲を弾いて終わり、という日が多い。
そうするとどうしても、ハイポジションを使用しないため、ハイポジションを弾く感覚が鈍ってしまうのではないか、という懸念が頭をよぎる。


かといって、ハイポジションを使用する曲って、難易度がそれなりに高くて、しかもハイテンションが必要とされるじゃないですか。
バッハの無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番のサラバンドあたりにしても、ハイポジションに上がって弾くとなるとそれなりに精神的高揚が必要とされるし、何より無伴奏は音が多くて弾くのもしんどい。

お仕事で疲れちゃってると、なかなか弾く気力がない……


そこで、どうするか。


∑(。・д・。)b アッ!!


そうだ!
『新しいヴァイオリン教本』(白い本)の4巻に、ハイポジションの音階練習みたいな、分散和音練習みたいなのが載ってたハズ……

ガサゴソ((束))ヘ(・ω・`ヘ)>* ……
*<(´・ω・)っ□アッタ‼



巻末に、第5ポジションくらいまで上がる練習曲が掲載されている。
その中から、なんか分散和音っぽく上にのぼってまた下におりてくるタイプのヤツを選んで弾いてみた。


な、なるほど。
これ、意外といいですね。


こういう音階練習じゃなくって、曲の中でハイポジションに上がる、となると、どうしてもそれなりにテンション上げて歌わないと上がれないじゃないですか。

でも、音階練習なら、それほどテンション上げなくても、歌わなくてもハイポジションに上がれる。

あまり気負わなくても、左手指の訓練だけが効率よくできるじゃあないですか。


そうか!
そういうことだったのか……

無味乾燥な練習曲の存在意義って、それだったのかッ!!

今ごろ、気づいたよ。


30年以上にもわたって(ブランク有り)ヴァイオリンに取り組み続けてきて、今までずっと、無味乾燥な練習曲なんて何のためにあるんだー、あんなの意味ねぇ~、やる必要なし! テクニックは曲を弾きながら習得すればいいじゃん! 楽しもうぜッ!!
……としか、考えていなかったが。


こう、音楽的に歌わずに、左手指のテクニックだけを淡々と訓練する、っていう、そういう場面で、無味乾燥な練習曲が実は大活躍だった、というワケですね。


無駄にテンション上げなくっても、ハイポジションに上がる感覚を左手指に忘れさせないために、非常に有用だということが、初めて分かった。

遅ぇよ……(-_-;)



ま、あまり面白くはないですけどね。
でも、役に立つことは分かりました。
これからも、時々やっていこう……

ハイポジション強化月間。



ヴィオラに持ち替え。
ヴィオラの方でも、かなり「安定した構え方」が安定してきた印象がある。
昔の弓でも、かなりいい音がブンブン出るようになってきた。
やはり、安定した構えは強い……


んで、ちょっと調子に乗って。
『ヴィオラ名曲31選』の後ろの方に、ドビュッシー作曲の『小組曲』というのが載っている。

これを、かな~り久しぶりに譜読みしてみた。
これは全4曲からなっているが、第4曲の『バレエ(Ballet 』)だけ、ずーっと昔に発表会で弾いたことがあった。
……ハズなのだが。

例によって、何も覚えていないッ!!
(T▽T)


こ、こんな曲どうやって弾いたんだろうか?
ハイポジションがバリバリに出てくるし……

しかも、フランスもの特有の、訳の分からなさ。
なんスかね、このドビュッシーの意味不明な感じ。

いや、世の中にはいろいろな人がいて、フランス系が大好きで、特にドビュッシーが好き! という方がいらっしゃることは知ってますよ。
しかも、割と身近にいる。


しかし……ワタシには、その「良さ」が理解できないッ!!


ドビュッシー、何がいいんだぁ~っ!!
分からんぞ~ッ!!!


まあ、そんでもこの『小組曲』はまだ聴きやすい方だと思う。
聴きやすくて、親しみやすい方だとは思いますが……

聴くと弾くとじゃあ、大違い。
すさまじく、難しい。

音程も取りづらいし、音楽的に理解不能。

どう歌えばいいのか、ちょっと意味が分からないですね。
試しに第2曲の『行列(Cortège)』も譜読みしてみたが、難しすぎる……

テクニック的にもそうだし、音楽的にも難解。
まさに、奇奇怪怪……


ドイツ的な演奏様式はまだ理解できる気がするけど、フランスものだけは、いまだに理解できない世界だわ。


好みの問題なんでしょうか。


いつの日か、理解できるときが来るのか。
それとも、一生分からないのか!?

謎は深まる……



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たまにはゲームの話(2)

練習するのも大事だけど、休むのも大事かな、と。

今日はかなりバテたので、体力を温存。
ヴァイオリンを少し弾いただけで練習終了。
ヴィオラはお休み。


んで、たまにはゲームの話。
といっても、ゲーム自体、ほとんどやってない。



やってるモノといえば、果たしてゲームと呼べるのかどうかよく分からない、スマホのソシャゲー。


スクールガールストライカーズは今でもちょこちょこ細々とやり続けている。

課金はもうしていない……
お正月のすごろくには少し課金しちゃったけどな☆


いい加減、飽きてはいるのだけど、毎月繰り出してくるイベントが毎回、面白くてついつい見てしまう。
んで、ポチポチと自然回復のみで進める、という。
その繰り返し。


月末の協力戦においても、課金はしないし草(エリクサーの略)は使わずに(使っても1個くらい)、自然回復のみで戦い抜く。
それでも余裕でランキング報酬のUR補助券1枚ゲットできるまでになった。

まあ、草は貯まっているので、そのうち本気出すとしても……本気出してる暇がない、という。


困ったものだ。


あとは、すみっコぐらし~パズルをするんですも飽きているんだけどとりあえず毎日やっている。
ゲーム内で「しゅくだい」というのが毎日あって、それをやりきるとコインがもらえるので、貯めている。

貯まったら、ガチャを引く、アイテムゲット! という流れを繰り返している。
このゲーム、一時期は難易度が高すぎるとかって、2ch上でさんざん叩かれていた。
開発にドイツ人の会社が関わっていたのだが、どうもドイツ人の発想は日本では受けなかったようで。

やがて、ドイツ人の会社は切り捨てられて、日本の会社が後を引き継いでからは、それなりに面白くなったようだ。
ドイツ人、音楽ではいい仕事してるけど、ゲーム開発では日本に負けてる。


他には、ディズニーツムツムというのも妻にインストールさせられている。
これは、ゲームをプレイするのに必要な「ハート」を送るために、ワシも登録させられたのだった。

一時期は集中してプレイしたけど、今では飽きちゃってやる気が起きない。
たまにプレイして、200万点以上のスコアを出したらやめている。
月曜日になると、200万点達成のボーナスコインがもらえるからね。

まあ、そんなモノ、もらえたところで今さらどうということはないのだが……


んで、最近になって、また別なゲームをインストールさせられた。
LINE POPショコラという。

妻と娘と孫の3人はかなりハマっているらしく、これまたハートを送るために登録させられた。
う~ん、これは完全に、女性向けだと思うけど?

別にねー、かわいい系のキャラとか、興味ないですから。
女の子だったら興味あるけど。

それほど面白いワケでもないのだが、ちょっと横になったときとかに開いてちょこちょこプレイしてみる。

うん。

別にどうってことねぇ!!
(T▽T)


しかも何なんですか、クリアしたときの、コニーとブラウン(っていうのか?)の、シュールな動きは?
謎ダンス?


何か、シュールすぎて笑える。



スマホにインストールしてるゲームは、それくらいかな~。

あんまり、面白すぎるゲームなんてやっちゃって、仕事とかやる気なくなっても困るしね。
ニンテンドー3DSのすれちがいゾンビとかフィッシングはちょっと面白かったけど、もう飽きた。


最近、ゲームはすぐ飽きてしまってダメだ。



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テーマ : ゲームプレイ日記・雑記
ジャンル : ゲーム

プロフィール

ばっかバッハ

Author:ばっかバッハ
ヴァイオリンを習い始めたのは16歳くらい。
それから30年以上の歳月が流れ…今ではアラフィフ。
年齢とともに楽器を弾くのが辛くなってきたので、ゲームで遊ぶことも。

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