バッハ二つのヴァイオリンのCDとか。

バッハの二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV1043が最近、楽しい。
まあ、例によってJenny Yun ちゃんの動画(から落とした音源)に合わせて弾くのだけれど。

これが、どうも楽しくてクセになっている。
あのスピードに合わせるのはなかなか骨が折れるのだが、最近のテーマとしては、あのテンポでありながらも、落ち着いて音を丁寧に確実に取っていく、ということ。
あのテンポで弾きつつも、落ち着いて、冷静に、音を確実に取っていく練習をしている。
だから、今日あたりは3回くらいは合わせて弾いた。

前よりも、指が動くようになってきている。

この調子で修練を積もう……と思っていたのだが。
ちょっと、お盆に絡めて、長期の旅行に行くことになっているので、その間、練習はできそうもない。
今度の旅行は、自家用車で移動ではなくて、新幹線で遠方まで行くので、ちょっとヤマハサイレントヴィオラを担いでいくのはキツすぎる。
キツくても強行する、という方法もあるにはあるが、そこまでしてまで練習しなくても、ってのはある。

なにしろ、暑いですし。
バテ気味だし。

ちょっと、しばらく練習はお休みでもいいかな、と。



というワケで、バッハの二つのヴァイオリンのための協奏曲のCDを改めて聴き直してみた。




ヒラリー・ハーンのヤツ。
テンポが速すぎて、まったくついていけない。
この急速なテンポの、何がいいんだか、さっぱり理解できない。
自分的に、これはないな、っていう、買って失敗な一枚。





イツァーク・パールマンとピンカス・ズーカーマンのヤツ。
指揮はダニエル・バレンボイム。
このCD、第1番イ短調はすっごくいいんです。
でも、二つのヴァイオリンの方は……
まあ、悪くはないんだけど、どうも、ピンカス・ズーカーマンっていう人は、ヴィオラだとすっっっっっごく上手いんだけど、ヴァイオリンだと音色が退屈と言いますか。
あまり面白くないんですね。
なので、パールマンが情緒たっぷりに哀愁を漂わせて弾いても、ズーカーマンが退屈だから、全体としては薄味になってしまっているような。
それに、第3楽章の解釈も、自分的にはイマイチ……
ズーカーマンのためにフォローしておくと、ヴァイオリンはイマイチだけど、ヴィオラは世界で一番、上手いんじゃないかと思っている。
ズーカーマンのヴィオラは、音が太くて低くて、とにかくいいです。
CD化されているヴィオラでは、自分の知る限りでは最強にして最高だと思う。





んで、結局、最終的にはコレ↑。
カール・リヒターの、管弦楽組曲の全曲集に同時収録された、二つのヴァイオリンのための協奏曲。
これが、自分的には一番、いいです。

ドイツ的で、しかもロマン的。
ソロ・ヴァイオリンが、音をはっきりくっきりと出して、変に弱音にしたりせず、終始前面に出っぱなし、っていう辺りが自分的には好き。
特に、第3楽章で和音の連続になる箇所。
このカール・リヒターのCDだと、全ての音をフォルテで弾き切っていて、すげぇーカッコいいんですよ。
それが、他のCDだと、終わりの方で弱くしてみたり、あるいは弱く始まってクレッシェンドしてみたり、変な工夫をしていたりする。
そういう、変な工夫されると、しらけるんですよね。
そんな余計な、妙な工夫なんていらないから。
そんな、あんたのオリジナリティを聴きたいんじゃないんだよ、ワシは。
バッハが聴きたいだけなんだ。

だから、余計な、不要な、無用な変な、いらない工夫のない、素直で実直そのものの、カール・リヒターのCDが、一番の名盤だと今でも思っている。


バッハはやっぱり、ロマン的な解釈がふさわしいと思うよ。
変にピリオド奏法とか古楽器とか、「当時はこうだった!」っていうのを再現してみたところで……
ちっとも面白くないし。
バロック時代の奏法が、廃れるのには廃れるだけの理由というか必然性があったんですよ。

それを、今さら発掘して再現しても、ねぇ。
現代人の耳には、物足りなくてつまらない以外の何ものでもない。
特にバッハの音楽は、バロック時代という枠を超えて、ロマン的な解釈でも全然、成り立ってしまうし、むしろロマン的に弾いた方が、ずっと良かったりもする。

そこらへんが、バッハのすごさなのであって。
恐らくバッハは、時代を先取りしすぎていたのかもしれません。

ま、それはともかく。


実は、ダヴィッド・オイストラフと息子のイーゴリ・オイストラフによる、バッハ二つのヴァイオリンのための協奏曲が収録されたCDもあるんだけど、Amazonで見つけることができなかった。


このCD、バッハの他の、第1番と第2番も収録されてはいるんだけど。
どうも、この頃のオイストラフは、優等生すぎるというか、ソツなく弾いてはいるんだけど、イマイチ面白くないというか。

訴えかけるものがないんですね。


息子のイーゴリに花を持たせようとし過ぎたせいなのか。
あるいは。

どうも、オイストラフはロシア人なせいか、いま一つドイツ音楽の様式が理解できていなかったフシがある。
だから、バッハの無伴奏は録音していない。

これは、チェロのロストロポーヴィチにも言えることだ。


どうも、ロシア人にはドイツ的な様式、特にバッハの対位法的なポリフォニックな音楽は、理解し難いものがあったようで。

オイストラフもロストロポーヴィチも、バッハは苦手科目だった、という印象がある。


ロストロポーヴィチは、人柄が良かったんだか何だか、頑張ってバッハの無伴奏チェロ組曲は晩年になって全曲CDを出したことは出したけども。

でも、評価はあまり高くないような。
いや、ワタシは、ロストロポーヴィチの若い頃の、無伴奏の第2番と第5番(短調ばっかりだね)だけの録音を聴いて、あ、こりゃダメだわこの人、って悟っていたから、全曲CDは今でも買ってないんですけどね。


オイストラフもロストロポーヴィチも、ヴァイオリニスト、チェリストとしてはとんでもなく優れていて、非常に心惹かれる美音に魅了されることは間違いないんだけども。
でも、ことバッハに関しては、理解し難かったようで。


何なんスかね、この「バッハ」というか「ドイツ的な様式」というヤツは?
化け物か、怪物なのか?


カール・リヒターは、ロマン的な解釈ながらも、ドイツ的な様式はしっかり守っているから、ロマン的なバッハでも素晴らしくいい演奏になるんでしょうね。


でも、だからっつって、「ドイツ的な様式」って、結局、何なんだよ!?
とか言われても、言葉で説明は不可能だと思う。

ワタシだって、たまたま、習った先生が「ドイツ的な様式」とやらに異常にこだわって執着して、全人格否定して罵倒してまで叩き込んでくるくらいの人だったせいで、何となく体で覚えただけですから(笑)


それは本当に、感覚というか感じというか、雰囲気というか、そういう、言葉でああだよこうだよ、と説明のできるような世界じゃない。


それを分かろうと思ったら、ドイツに留学して学ぶか、来日したドイツ人の先生に習うか、あるいはドイツで学んできた日本人の先生に習うか、そうしないと理解不能な世界でしょう。
日本の中だけにいて、分かるような、そんな甘いものではない。


異文化理解ですから。


でも日本は島国なせいか、どうも閉鎖的なところがありますよね。
自分たちが、何を知らなくて何を理解してないか、それすらも自覚していない、夜郎自大な輩が多いとでも申しますか。


ま、仕方ないのかもしれませんけども……

仕方ない、で済ませている間に、北朝鮮がミサイル発射して、日本のどこかに着弾したら、どうしてくれると言うのでしょうか。
憲法9条を守れ! とか何とか騒ぐ人たちって、じゃあお前らだけが、ミサイル喰らえよ?
としか言えませんね。

どうやって日本を守るのでしょうか。
理想やキレイごと、机上の空論で、目前に迫る実際の脅威から、国民の命を守ることはできない。

バカが変に力を持って、影響力を行使して、政治を混乱させている。
それが日本の、嘆かわしい現状。


ま、死ぬときは死ぬしね……
あたしゃ、もうどうでもいいよ。


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Author:ばっかバッハ
ヴァイオリンを習い始めたのは16歳くらい。
それから30年以上の歳月が流れ…今ではアラフィフ。
年齢とともに楽器を弾くのが辛くなってきたので、ゲームで遊ぶことも。

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