一度出来たことは、二度出来る(らしい)

今夜は、これまででも特に暑い気がする。
とてもじゃないが、バテてしまって練習どころじゃない。

なので、簡略版で。


バッハの二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV1043から、第1楽章のみ。
ソロの1stヴァイオリンパートを、まずはゆっくりと遅めに、がっつりと強めに押さえて、指使いを左手指に覚え込ませる。


それから、おもむろにJenny Yun ちゃんの動画から落とした音源に合わせて弾いてみる。



こないだ、初めてバッチリ合わせることができたのだけど、今日も合わせることができた。
前は、どうもごちゃごちゃ何やってるか分からなくなって、どうしても合わない箇所があって、ソロが出てくるところでどうにか辻褄合わせて弾いていたのだったが。
ようやく、ちゃんと合わせて弾くことができてきた。

これは、アレだ。
自転車って、一回乗れたら一生乗れる。
泳ぐのも、一回泳げたら一生泳げる。

それらと似ていて、一回合わせられたら、もう後は、本能で合わせられるみたいで。

人間の持つ潜在能力って、すごいな、と思う。
自分では、こないだ合わせられたとはいえ、今日も出来るかは分かんねぇよな~、なんて最初は思いながら弾き始めてるワケです。

でも、弾き始めてみると、思ってたよりすんなりと合わせることができる。
あぁ~、一回出来たら、また出来るモノなんだ、と感心した。


人間、自分が出来るかできないか、意識レベルではそれすら把握できてないんですね。
出来ることでも、出来ないんじゃないか、と勝手に不安に駆られている。

でも、本当は出来る。


無意識レベルでは、しっかりと経験が積み重なって、残っている。


不思議なものですね。


人間って、自分が何を覚えているか、それすら自覚できてないことがありますよね。
急に、昨日とかの記憶が鮮明によみがえってきて、あれ、自分、こんなこと覚えてたの!?
って驚くことが、こないだあった。


自分のことなのに、全然、把握できてない。


だから、自分は出来ない、ダメだ、と決めつけてしまうのは、良くない。
というか、間違ってる。


出来るか出来ないか、なんて、自分の意識レベルでは完全に把握なんてそもそも出来てない。
本当は出来ることでも、出来ないと思い込んでいることがある。


日々の練習は、自分の無意識下に、弾く手順というか、指使いというか、そういうものを浸透させて覚え込ませる過程だ。
その結果がどうなるかは、意識レベルでは、まだ分からない。

しばらく後になって、その成果が結実してくる。


だから、結果を焦らず、だからといって変に期待もせず、ただ毎日、地道に練習を重ねるしか、ない。


毎日毎日、ただ無心に、ひたすら練習を繰り返していると、いつの間にか、知らないうちに、自分の無意識下に練習の成果が蓄積されて、ある日、それが開花する。


そういうモノです。



バッハの二つのヴァイオリンのための協奏曲の第1楽章は、この感じで、Jenny Yun ちゃんのテンポに完璧に合わせられるように、修練を重ねていくことにしよう……


あのテンポにも、かなり慣れてきた。
もう少し、左手指が敏捷に動ければいいのだが。

つーことで、今日は暑いので練習は終了。
ヴィオラはお休み。

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ばっかバッハ

Author:ばっかバッハ
ヴァイオリンを習い始めたのは16歳くらい。
それから30年以上の歳月が流れ…今ではアラフィフ。
年齢とともに楽器を弾くのが辛くなってきたので、ゲームで遊ぶことも。

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