原発のコストは高かった。

久しぶりに原発関連の話題。

まずは、次の記事を参照してください。

原発「安価」神話のウソ、強弁と楽観で作り上げた虚構、今や経済合理性はゼロ

簡単に記事の内容を要約(?)すると、今まで原発推進派が原発のメリットとして挙げてきた理由、火力や水力に比べて原発はコストが安い、というのが、実は大嘘だった、本当は、原発のコストは他の発電方法に比べて一番高いものであった、という話。

コストの計算で、本当はコストに含めるべき費用を含めていなかったり、誤魔化しがあった、ということ。

結局、原発推進派は、本当に心から原発が優れたエネルギーだなどとは考えておらず、本心では、いわゆる「原発利権」で己の私腹を肥やすことしか考えていなかった、ということだ。

確かに、燃料費だけを見れば、原子力発電は火力発電に比べて、同じ量の石油より200万倍ものエネルギーを発するというから、コストが安く済むように見える。

しかし、原発にかかる費用は燃料費(核燃料)だけではなく、もっともっと実は金が掛かっていて、特に発電が終わった後の核廃棄物の処理、こちらにも莫大な費用が掛かり、しかもそれをコスト計算に含めないで、原発は安い、安いと言い張っていたらしい。

バカバカしすぎて、呆れる。

そして、福島県の住民を放射能汚染による被害に遭わせ、自分たちだけがいい思いをし、被害者に対しては何らの良心の呵責も、一片の同情すらもなく、いまだに原発を温存しようと本気で考えているから、まぁ、もう死んでくれて構わないよね。

地球上にいなくてもいい人たちだな、原発推進派というのは。
生きてる資格がない。

それでも、あつかましく図々しく、生きていくんだろうな~。
腹立つな。

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東電清水社長許すまじ。

な~んか、イヤな予感はしてたんだが。

東京電力の清水社長。

退職金が、数千万円にのぼるそうじゃないか。

えぇ?

ふざけた話だよな。

クソが。

その退職金、全部返上して、被害に遭った人たちへの補償金に充てたらどうなんだろうね?
そのくらいしないと、国民は納得しねぇと思うんだけど。
というか、俺がもし、福島第一原発の近くの住民だったら、清水社長の居所を探し出して、直ちに包丁かまえて突進してるところだけどな。

しかも、退職金だけでなく、一億数千万円もするマンションを買って、そのローンの支払いも最近、完済したというではないか。

あれだけの大被害をもたらした会社のトップが、どんだけ儲けてんだ、一人で。あと他の役員もかな。話題に上らないだけで。

怒りで、ののしる言葉も出てこない。

退職金、役員報酬、すべて返上して、被害者の補償に充てろ。
そして、退任しないで、福島第一原発の現場に赴いて、自ら危険な作業に従事しろ。

今頃は、大金を手にして影でペロリと舌を出して、やれやれ、まったく面倒なことに巻き込まれたわい、なんでワシが社長のときに限って、こんな大震災なんか起こるんだ、でも退任して、これで一安心…などと一人でホッと肩の荷を下ろしているのに違いない。原発はいまだに、収束の見通しも見えないというのに。

ふざけた話じゃないか。
そんな、こずるい、汚いことがまかりとおるような、そんな社会なのか、日本は。
そんなクソなカス野郎が社長を務めていたような組織なのか、東京電力というのは。
そんな会社に、電力を供給してもらって生活してんのか、俺たちは??

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東電社長辞任

東京電力の清水社長はとりあえず辞任だそうだが。

どうも、前々から感じていた疑問がある。
それは、


辞任すれば責任をとったことになるのか。



ということである。
俺に言わせれば、それは責任をとっているのでもなんでもない。
むしろ、責任から逃げるだけにしか見えない。

本当に責任をとるつもりがあるのなら、例えば、福島第一原発の最前線にまで自ら赴いて、被曝しながら危険な作業に自身でも従事し、命がけで事故の収束に向けて実地の作業に当たる、とか。
あるいは、年収7200万円ほどもあったという役員報酬を全額、被害にあった人たちの補償金に充てる、とか。

そのくらいやれば、「あぁ、本当に責任をとろうという気持ちがあるんだなぁ」と感じられて、少しは見直すところだが。

しかし、清水社長をはじめ、他の役員たちにしたところで、そんなことをやるヤツなんていやしねぇ。

結局、本気で責任をとる気なんざ、ハナから毛の先ほども、一切全く、全然まるっきり、無い、ということだ。
辞任して、責任から逃げるだけなんだ。
辞任してしまえば、それ以上、責められることもないし、また何かをしなければいけない義務からも解放される。

一つも、責任なんてとってないではないか。
世の中、何か不祥事があると、すぐに辞任、辞任て言うけども、辞任すれば責任をとったことになる、という暗黙の妙なルールができあがってしまっている。

これはつまるところ、責任をとりたくない連中が、自分たちに都合のよいように作り上げた、似非で誤魔化しで、欺瞞に満ちみちた小芝居でしかないのだ。

本当に責任をとるつもりなら、辞任などせずに、社長なり何なりの席に居座って、そして与えた損害に対して実際に実効性のある行動を起こすべきなのだ。

それなのに、それもしないで辞任。
まったく、権力の座についた者の、小ずるい逃げ口上だ。

その辺のお店でさぁ、客に何か損害を与えたらどうするよ?
苦情処理係か何かが客のところまで言ってお詫びしたり、何かするはずじゃねぇか。
東電清水社長も、辞める前に何か、被害者の人達に、しろってんだよ。
ただ、避難所に言って頭下げるだけ、なんていうクソの役にも立たない、誰でもできるようなことじゃなく。
もっと、本当に被害者の救済になるようなことを。

まぁ、言ったところで、そんな気は毛頭ねぇだろうから、言うだけ無駄だけどな。
だが、てめえの卑劣さだけは、今後千年も万年も語り継がれていくことになるぞ。
まっ、そんなことも、知ったこっちゃないんだろうけどな。
まったく、俺なんか、無力で何もできゃあしねぇ。
せいぜい、こんな隅っこでただ吠え立てるだけか。
腹立つねぇ。

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東京電力に賠償責任はないのか

しかしまあ…

福島第一原発事故の損害賠償について、政府がその枠組みを決めるとか何とか言っていたが。

なんと、民主党内にも、「原子力損害の賠償に関する法律」の第3条(異常に巨大な天災地変による事故とのきは、賠償しなくてもよい)を適用して、東京電力の賠償責任を免除しよう、というふざけた意見のヤツがいて、結局まとまらなかった、というではないか。

何を考えているんだ?

原賠法の第3条を適用して、被害者に対して賠償しない、などという決定をしたら、それこそ国民の怒りはどれほどのものになるだろうか?

もはや、国に対しても、当然東京電力に対しても、そして原発に対しても、一切の信用が失われ、国民は自分たちの命と健康が常に危険にさらされており、もし被害に遭ったとしても何も補償がないのだ、という不安でいっぱいになるだろう。

そんなにまでして、国民よりも東京電力をかばいたいのか?
少なくとも、かばいたいヤツが何人か確実に存在しているのだ。

さて話は翻って、そもそも今回の事故で、原賠法の第3条は適用になるのだろうか?
今回の東日本大震災とそれに伴う大津波が、原賠法第3条に定める「異常に巨大な天災地変」に当たるか否か、が問題となるだろう。

これはもう、裁判所の裁判官がどう判断するか、に委ねられる問題になってしまうが、私個人としては、今回の大震災と津波は、まだまだ「異常に巨大な天災地変」とまでは言えないと思う。
なぜなら、女川原発は同様の地震と津波に見舞われながらも、大きな事故を起こすことなく存続できているからだ。

これはもう、福島第一原発における、安全確保と防災に手抜かりがあった、という証左でしかないと思う。

もし、賠償責任を免れるほどの「異常に巨大な天災地変」と言うのであれば、福島原発のみならず、女川原発も同じような事故を起こし、人間がいくら何をどう頑張っても防ぎようのないくらい「巨大な」地震、津波が襲ってこない限り、そう簡単に原賠法の第3条は適用すべきでないと考える。

それこそ、日本沈没とか、日本列島大裂断とか、巨大隕石の落下とか、そのくらい、人間には抵抗すべくもないくらい大きな天災でなければ、賠償責任を免除するなどということは許してはいけないと思う。

まぁ、そうはいっても、もし政府が原賠法第3条を適用して、東京電力の賠償責任を免責にしたとして、そして住民が訴訟を起こし裁判になったと仮定して。

地裁では、私の言うように、原賠法第3条は適用できず、東京電力は賠償する責任がある、という判決が出るかもしれないが、それが最高裁まで行くと、国や東京電力に都合のよい判決、つまり賠償責任はないという判決に覆ってしまう、という可能性は非常に高い。

かように、この国は司法制度までもが腐りきっているのだ。

今は、東京電力の賠償責任を免責にするなどという、東電の社長に都合の良いような馬鹿げた決定が出ないことを祈るばかりだ。

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今度はモンゴルに核処分場

ニュースを見て驚いた。

今度は、日本とアメリカが共同して、なんとモンゴルに核処分場と、さらには原子力発電所も建設する計画が進行中だという。

日本では福島原発の事故で、国内に新たに原発やその関連施設を建設することはほぼ不可能となったから、今度は海外に持っていこうとでもいうのであろうか。

モンゴルでも、どうやら事情は福島県の大熊町、双葉町と同じようだ。
モンゴルも、経済的には立ち遅れていて貧乏な国らしい。

原発を持ってくれば、産業が盛んになり、国も潤う…とか持ちかけているのに違いない。

それは、決して間違いでもないのだろう。実際、原発を建設すれば、お金が廻り始めるのは確かだ。

しかし、万が一にも事故を起こせば…また、事故を起こさなくても、従業員の一部は被爆するのである。

そんな危険なものを、海外にまで広げて…地球全体を放射能で汚染するつもりなのだろうか。
どう考えても、地球環境や人類の未来よりも、原発利権に関わる連中だけの利益、儲けだけを優先させているとしか思えない。
相手の経済的困窮につけ込んで…

話は変わるが、福島県に原発を誘致するとき、東京電力も国も、ともに呪文のように「安全です、安全です」と繰り返していたのだそうだ。

この、「安全、安全」としつこく繰り返し強調するというのは、裏を返せばそれだけ危険だということだ。
本当に安全で危険がないのであれば、わざわざ「安全、安全」としつこく繰り返す必要はない。
本当は危険で危険でどうしようもないからこそ、「安全、安全」と何度も何度も繰り返して、誤魔化そうとするのだ。

例えば、ドライブなどをしていると、道路わきに「暴走族追放宣言」などと書かれた看板が設置されていることがある。これは、つまりそれだけその周辺には暴走族がたくさんいる、ということを意味している。いないのなら、そんな看板は必要ないからだ。

また、飲酒運転を戒める看板もあちらこちらで目にする。これも、それだけ飲酒運転がまだまだなくらなず、たくさん横行しているということをはからずも明らかにしているということである。

これらと全く同じことで、原発は危険極まりない。だからこそ、国も電力会社も「安全です、安全です」と言い続けたのだ。そして、しまいには自分たちでも本当に原発は安全なのではないか、と思い込みでもしたのであろうか??

その意味で、原発行政を推進してきたのは国の責任でもある、として歳費の返上を表明した菅首相は、なかなか大したものかもしれない。何しろ、原発を推進してきたのは、民主党ではなくて自民党であったはずなのに、その責任をとって自分の歳費を返上する、とまで言うのだから。
何かと、対応のまずさばかりが際立っていたが、たまにはいいこと言うのかもしれない。ま、今後の動向に注目、というところだけども。

それから、わが県でも毎日、放射性物質の濃度を計測しているが、どうもここのところ、あの何々マイクロシーベルトという値が、一向に下がらないので不安である。
日を追うにつれてだんだん下がっていくのか、と思っていたら、ここ数週間ずっと同じような数値のまま推移している。
どういうことなのか。まだまだ放射性物質の放出が止まっていない、ということなのか?

さらに言うと、あの放射線の値について、枝野官房長官がよく「ただちに人体に影響のある数値ではない」ということを何度も何度も繰り返し述べていた。

「ただちに」?

あれも、裏を返せば、ただちには影響ないけども、長期的には影響がある、ということだ。
今すぐに何らかの症状は出ないけども、そのまま5年、10年、と年月が経つと、やたらとガンを発症する率が高くなるとか、そういう不気味な影響が現れてくる可能性は否定できないということだ。いやむしろ、10年後とかにそういう影響が出てくる、と考えた方が自然である。というようり、ほぼ確実に影響が出るだろう。

だが、その辺についてはテレビで大きく報道されることはない。

あまり、政府の見解やテレビで発表されることを鵜呑みにしない方がよい。
本当に重大なことは、国民には知らされないのだ。

それにしても…原子力発電なんて。
原子力のパワーを完全に制御できているのなら、それも大いに結構だけども、完全でもないし、事故は起きるし、事故が起きなくても従業員は被爆するし。

さらに馬鹿バカしいのは、使用済み核燃料、すなわち核のゴミの、処分方法がない、ということである。
結局、地中深く埋めるとか、そういう対処法しかない。
核のゴミを、完全に安全な形で処分する方法は、今のところ全く開発されていないのである。
こんな状態で、原子力発電所を増やして、核のゴミがどんどん溜まっていったら、どうするつもりなのか。
いずれ、地球上が核のゴミだらけで、危なくて外を出歩くこともできない世界になってしまうのではないのか?
そうなる前に、核のゴミを処分する方法が見つかる、とでも楽観視しているのか?
処分法がいつまでたっても見つからず、地球上が核のゴミだらけになってしまったら、どうするつもりなのか。

そういう、先のことなど一切考えもせずに、目先の利益に飛びつく阿呆が大勢いる、としか思えないのだが…?
どうなんスか??


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プロフィール

ばっかバッハ

Author:ばっかバッハ
ヴァイオリンを習い始めたのは16歳くらい。
それから30年以上の歳月が流れ…今ではアラフィフ。
年齢とともに楽器を弾くのが辛くなってきたので、ゲームで遊ぶことも。

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