ヴィオラダイエット続き

ヴィオラダイエット、などと言ってはみても、そんな大仰なものではなく。
ただ、ヴィオラを弾きたいように弾くだけ。
毎日。

ここ1週間は、ずっと毎日必ずヴィオラを弾いていた。
そしたら今日は、始める前と比較して、2kgほど体重が減っていた。

食べる量も減らしてはいますけども。
でも、ヴィオラを弾かないと、食べる量を減らしても体重が減らないんです。

ヴィオラを弾きつつ、食べる量も減らすと、だんだんと体重が減ってきます。


今日も弾いてきたんですが、すごいですね。
弾くだけで、体が内側からどんどん熱くなってくる。

夜になって冷えてきた部屋で、暖房もつけずに弾いていても、すごく暑いくらい。

すごい燃焼度。


曲はいつもどおり、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバソナタ第3番ト短調。

これがまた、えらく弾きづらい。
ヴィオラ・ダ・ガンバのために書かれた曲だからなのでしょうか。
とんでもなく弾きづらいです。

無伴奏チェロ組曲の方が、もともとチェロのために書かれているため、指使いがうまく機能的に働くようになっている感じがする。

対して、このヴィオラ・ダ・ガンバソナタ。
第1番から第3番まで、全ての曲のすべての楽章が、どことなく異常に弾きにくい。
チェロやヴィオラの楽器としての特性とは無関係に書かれている感じがする。

この弾きづらさは、ブラームスとかチャイコフスキーとか、弦楽器が弾けない人が、弦楽器以外の楽器上で作曲した曲の弾きづらさと似ている。

ま、ヴィオラ・ダ・ガンバのために作曲された曲なんだから、当たり前ですね。


しかし、この弾きづらさが、逆にいい訓練になる。
特に4番線をバンバン使うので、必要とされる筋力量が半端ない。

まだ、1番線~3番線までは、それほどでもないんです。
4番線になると、途端に多大なる筋力が必要とされる。

ものすごい強い力でしっかりと弦を押さえないと、豊かな低音がズーンと響いてくれないんですね。
ヴァイオリンにはない世界ですから、ヴァイオリンとはまた別世界。


左手指を、尋常ならざる強力な筋力でガッツリ押さえると、右腕は余計な力を入れず、楽に弓を上げ下げするだけで、低くて太いいい音がブンブン出てくれます。
これ、左手指の押さえが甘いと、どうしても右腕に余計な不要な力を込めたりしてしまって、無駄に力んで、結局いい音が出ない、ということになってしまう。
以前のワタシのような、レイトの下手くそさん、泥沼のディレッタントはそういう落とし穴にはまりがち。


小さい頃からやってないと、とにかく左手指の押さえが弱い。
ワタシのようなレイトは、そこを自覚して、左手指の押さえをとにかく意識的に強く、ガッツリと押さえることを心がけていかなくてはならない。
しかし、これがまた口で言うほどたやすくはなく。

左手指の筋力を多大に発揮するためには、どうも左腕全体の筋肉を使わないといけないらしくて。
左手指だけじゃなく、左腕全体の筋肉が、痛くなる。
自分、大丈夫か?
ってなくらい、左腕全体の筋肉が、使い過ぎてヘタっているのが分かる。

それでも、弾くのをやめない。
そのうち、肉体が順応してくるだろうから。

無理矢理突き進む。


筋肉疲労は蓄積してくることはくるんですが、まあ、関係ないですね。
あの、ヴィオラ・ダ・ガンバソナタ第3番の、ト短調のカッコいい主題が脳内に響いてくると、指の疲労なんてお構いなしに、弾いてしまいます。

最終的には、アレを余裕で弾きこなせるレベルにまで到達することが、目標。



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ジャンル : 音楽

ヴィオラダイエット(?)中。

え~と。
今日は火曜日。

日曜、月曜と二日間、ヴィオラをガシガシ弾きまくったのですが。
1kgほど体重が減りました。

もちろん、食べる量もそれなりに減らしはしましたが。

でもですねー。


先日、たぶんノロウイルスか何かだとは思うのですが、高熱を発して寝込んで、下痢もすさまじく、食欲もまったくなかったんですが、その間はまったく体重が減らなかったんですよ。
食べなくても、寝てるだけで運動しないから、全然消費しなかったっぽい。
しかし、回復してから、ヴィオラを二日ほど弾いただけで、体重が減った。
やっぱり、ヴィオラによる運動量は、半端なく多い、ということだ。


それなんで、今夜もヴィオラを弾きまくってみた。

曲は、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバソナタ第3番ト短調。
出だしから、とてつもなくカッコいい……

これを、全ての音をずーん、ぶーん、と豊かに響かせつつ弾く。
特に、4番線あたりは音が低くて、ヴァイオリンよりも多大に筋力を必要とされる。

ヴァイオリンのときよりも、左手指を強い力でしっかりガッツリと押さえないと、4番線の低くて太い響きが出ないんですね。
押さえが弱いと、音がスカる。
いい響きにならない。
弓が弦の上を上滑りしてしまって、芯のあるしっかりした音にならない。

しかし、この曲をそうやってすべての音をブンブン響かせて弾くとなると、凄まじいばかりの筋力を必要とされる。
必要な筋肉が足りてなくても、お構いなしに無理やり、脳内イメージに合わせて左手指をガッツリと押さえていく。

特に4の指(小指)がキツいですが、無理矢理、強引に強く押さえていく。

今日は、何回通したかな?
記憶だと、確か3回は通して弾いたような。

そのくらい弾くと、かなり馴染んでくる。
今日は、続けて第2楽章と第3楽章も譜読みしてみた。
第2楽章は、フルニエのCDで聴いてなんとなく知ってはいるものの、長い音を豊かに響かせて弾くとなると、そうたやすくはない。
っていうか、激烈に難しい。
う~ん、まだまだ修行が足りない。

第3楽章はこれまた激烈に難しく。
第1楽章なんか比ではないような、異常に譜読みしづらい一見して妙ちきりんな音型が連続している。
聴くと弾くとでは、大違い……

なんか、ヴァイオリンソナタの第1番の第4楽章と似たような、8分音符の連続する主題がカッコ良く印象的な楽章だとは思っていたのだけれど。
譜読みしてみると、異常に難しい。
かなり難解。

まあ、毎日毎日、少しずつ取り組んで行けば、いずれその神髄が分かるときがくるかもしれないが。
今日のところは、一応最後まで音を追ってはみたものの、何が何だか意味不明なままで終わった。

まっ、そのうち分かる日が来るでしょう!
あまりこだわらず、焦らず、急がず、鷹揚に構えて取り組むのが一番、いいです。

♪そ~のうちな~んとか、なるだぁ~ろ~ぉお~

そのくらいのスタンスで。

第3楽章まで譜読みした後は、第1楽章をまた弾いてみた。
カッコよすぎて、シビれる……
マジで、好き、この曲。


それから、バッハ無伴奏チェロ組曲第1番ト長調から、プレリュード、アルマンド、クーラントを弾いた。
これらもね~、いい曲なんだけども、構え方、弾き方、音の出し方を変えてからというもの、昔の軽くて下手くそな弾き方時代のように流暢には弾けなくなっていて。
以前は、軽い音で弾いてたから、それほど多大な筋力も必要とせず、軽く弾き流していたのだけども。

♪でぇもいっまぁはぁ~

低くて太い音をブンブン響かせて弾く弾き方に変わってしまったので、ただ弾くだけでもすさまじく左手指、左腕全体の筋力を必要とされる。

もうね。


左手指だけじゃなく、左腕全体から左肩にかけて、筋肉を使い過ぎて痛くなってくる感覚がある。
左手指を強くガッツ押さえるためには、左腕全体の筋肉を使って押さえなきゃいけないみたいで。
左腕全体が、痛くなる。

左肩も、さらには腹筋、背筋の左側全体も、かなり痛くなってくる。
そのくらい、多大なる筋力を必要とされる。

まあ、その、ワタシが所有してるヴィオラ君が、そういう楽器だから、なのかもしれないけど。
世の中には、そこまで多大な筋力を必要とせずにいい音をブンブン響かせるような、優秀なヴィオラももしかしたらあるのかもしれないけども(あんのか?そんなの??)。

少なくとも、ウチにあるヴィオラ君は、いい音をブンブン、ゴンゴン響かせるためには、相当すさまじく多大なる筋力が必要とされまする。
でもそれが、いい運動になって、体重減るのに役立つ。

別に、やりたくないことを頑張ってやっているワケではないのです。
ヴィオラ、弾きたいから弾いているだけで。

ヴィオラ、弾くとその低音の響きが、めちゃくちゃ気持ちいいワケですよ。
それにとんでもなく強い筋力が必要ならば、その強い筋力で弾いてやろうじゃありませんか。
疲れたって、いいんです。
楽しいから。

それでついでに痩せるのなら、それに越したことはない。

人間、やりたくもないことを、頑張って無理してやっても、何の意味もありません。
無理して頑張っても、後で必ず揺り戻しが来ます。

努力とか、頑張りとか、そういうのは、所詮は長続きできないのです。
何かの目標に向かってやっているうちは、できるかもしれない。
でもその目標が達成してしまったら、その途端にやる気をなくす。
また自堕落な自分に逆戻りです。

ライザップ、とかってよくCMしてますよね。
結果にコミットする、とか言って。

あれにしたって、やっているうちは頑張って努力して、結果を出せるでしょう。
でも、結果を出して目標達成しました、そしてやめたら、その途端に以前に逆戻りですよ。
必ず、リバウンドしまくる。
絶対に、そうです。

人間、そう長く努力とか頑張りを続けることなんて、できやしないのです。
ハナから、無理なんです。
そもそも、人間はもともとそういう風には出来ていない。

何事も、楽しんで、やりたくてやらなくては、ダメ。
そうでないことは、結局は長続きしない。

偉大な業績を残す人、というのは、決してやりたくもないことを頑張って努力してやってなんかいない。
やりたくて楽しんでやっている人なんですね。
そういう人が、結果的にすごい業績を残して、歴史に名を刻まれるのです。


なんか、現在の日本の教育現場で、妙に努力とか頑張りとかが評価される価値観がはびこっている現状には、危機感を覚えますね。
そんなことで、現代のグローバル化する国際経済の中で、真に勝ち残ることなんて、できやしませんよ。


実際、日本企業の大半が、国際経済の中でどんどん負けていっている。
もはや、日本がいつまでも経済大国でいられる見通しは皆無となってしまっていますよね。

かつての高度経済成長時代の、変な成功体験にしがみついてこだわって執着していたら、これからのグローバル経済の中で日本はボロ負けしていくことでしょう。

経済産業省とか、中央省庁の官僚のバカどもが、その辺まったく分かってないから、日本が没落していくんですよ。
官僚なんて、勉強しかできない、頭の悪いただのバカたちですからね。

そんなクズが、日本を実質、牛耳っているんですよ。
勉強しか能がないクセに、自分は頭がいい、と思いあがって人を見下しているような、クズな東京大学卒のバカな兄ちゃんが官僚になって、実質日本を支配していくワケですよ。

日本を動かしているのは、別に自民党でも安倍政権でもない。
所詮は勉強しかできないクセにプライドだけは異常に無駄に高い、バカでクズでクソな官僚たちですから。

まあ、そんな仕組みになってしまった日本って、実はもう終わってんじゃないの?
という危機感を持たざるを得ない。

それでも、旧民主党政権ができなかった「政治主導」を、実現しようとした安倍政権ですから、まだまだ自民党は捨てたもんじゃないと言える。
先の総選挙で圧勝したのも、当然というかうなずける。
国民の目は、大勢では曇っていない、ということを如実に示したのがこないだの衆議院選挙だった、と言えるだろう。

「政治主導」をしようとしたら茶々を入れた前川喜平は、旧態依然の日本の悪習を守ろうとしただけの、ただの自己中ジジイでしかないな。

森友・加計学園問題なんて、些細などうでもいいトピックスだった。


国民の多くが、そこを理解していた、というだけでも、まだ日本という国には将来性があるもかもしれない。



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ヴィオラで遊ぼ!

あ~。

今日は久々に、ヴィオラで遊んだ。
遊んだ、って具体的に何したのよ?
っていうと、マックス・レーガーを弾きまくった、ということ。
時間制限なしで、とことんまで、ね。


そういうの、自分の中では、ヴィオラで遊んだ、という扱いになる。

ヴァイオリンの方も、バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番ト短調BWV1001から、第1楽章と第2楽章を一通り弾いておいたけども。
第2楽章フーガは、少しずつ音がつながるようになってきた。
あの鬼な重音の連続が、少しつながるようになってきたのである。
この調子で続けよう……

それはそうと、マックス・レーガーの無伴奏ヴィオラ組曲の方です。
第1番ト短調は、第1楽章と第2楽章がかなりクレイジーで、狂気を噴出させるかのような曲想となっている。
第1楽章はだいぶ音を覚えてきた。
さらに難しい第2楽章も、ずいぶんと慣れてきた。
b3つになるアンダンティーノの中間部を、ゆっくりめのテンポでねっとりと狂気を込めて弾いた。
いい具合だ。

ただ、この第1楽章と第2楽章は、自分の中から噴き出してくる狂気がなくなると、弾けなくなりますね。
今日あたり、一応休みの日だから、あまりストレスがない。
昨日、一日中だらだらして疲労もずいぶんと取れた。
そうやって、心が平和で平静で温和になってくると、どうも気分に合わなくなる、ってのはありますね。
それでも、ワタシは元来が心を病んだクレイジーな人物なので、そういう精神状態を思い出せばすぐに弾けます。

とはいえ、思い出しながら演技する、っていう弾き方にはなりますな。

今日は続いて、第3楽章と第4楽章も譜読みしてみた。
第1・2楽章はグロテスクで狂気な感じだったのだが、3・4楽章はガラリと変わって、まともな音楽になっている。
第3楽章はいわゆる緩徐楽章なんだけど、狂気の沙汰は鳴りを潜めて、重音奏法が美しく響く、しなやかな歌になっている。
すごく、まとも!
バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタの第3楽章みたいな雰囲気。
テクニック的には相変わらず至難を極める。
でも、昔に比べると、今の方が技術力が上がっている。
昔は、こんなんどうやって弾くっちゅうねん!?
としか思えなかった激ムズい箇所も、今はかつてとは違う、もっと合理的で弾きやすい指使いを考え出すことができるようになった。

昔はマジでショボかったから、できるだけ第1ポジションか第3ポジションで弾くようにしていた。
そんなんで、弾けるワケねぇっちゅーの。

今は、音型に応じて、第2ポジションも、第4、第5ポジションを使っても苦ではない。
いろいろなポジションを駆使して考えていくと、急に難易度が下がる気がする。
どうにか弾けそうな。

第4楽章は、これもバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタのような、16分音符でひたすら走り続ける無窮動。
昔は激ムズ過ぎてまったく弾けなかったものだったが……
今は違った。
さきほども述べたように、いろいろなポジションを駆使することで、一見して激ムズそうに見える音型でも、弾きやすくすることができる。
それなんで、最初から最後まで3回くらい通して弾いて、最適なポジションと指使いを考え出し、書き込んだ。
よし、これでどうにか弾けるだろう……
やはり、第1ポジションと第3ポジションだけでは、おのずと限界がある。
第2、第4、第5あたりまで使いこなせないと、こういうロマン派の曲はとてもじゃないが弾けやしないね。

この第4楽章も、譜読みした感じだと、ちっとも狂気じゃない。
バッハのような、カッコよさを前面に押し出した、まともな曲だった。


どうせなら、第1・2楽章があんなに狂気噴出してるんだから、3・4楽章もその路線で突っ走ればよかったのに。
この辺の中途半端さが、いまいちメジャーになれなかった原因なんじゃなかろううか。

まともなバッハ風な曲を書いたって、本家バッハに敵うワケ、ないじゃん!



そんなこんなで、今日はマックス・レーガーの無伴奏ヴィオラ組曲の、第2番も譜読みしてみた。
第2番はニ長調。

明るい曲なのか、と思いきや……
第1楽章は、一言で言って、「変な曲」。
かなり、「変」。


狂ったピエロ、みたいな。
一見して楽し気ではあるんだけども、目が狂ってる、といったような。

殺人ピエロ、スティーブン・キングの『IT』か?
ってな具合の曲想、だったと記憶している。

かつて先生について習っていた頃に、発表会で弾いたハズなんです。
その時の記憶だと、そんなような、実に妙ちきりんな曲だった。
しかし、今になって譜読みしてみると、全然、弾けねえ……
激ムズすぎる。
こんなん、どうやって弾いたのか。

楽譜には、指使いが書き込んであるし、フレーズの区切りの線まで引いてある。
弾いた記憶はあるものの、どうやって弾いたのかは、まったく覚えていない……
これも改めて、丁寧にさらい直さないと弾けないね……

第2楽章も、かつて発表会で弾いた記憶があるんだけども、やはり同様に、今になって譜読みしてみるとまったく弾けない。
どうやって弾いたんだ……
昔の、若かった頃のワシって、実はすごかったんじゃね?
と思えるレベルだよ。

第2楽章は、いわゆる緩徐楽章になるんだけども、これはまた一転して、狂気の気配がない。
とっても心に沁みる、美しい歌の楽章。

マックス・レーガーは、意味不明で晦渋で、狂気噴出でケイオティックな曲ばかりなのかと思ったら、意外にそうでもなくてまともなクラシックっぽい音楽もある。
逆にその辺の中途半端さが、いけなかったのかもしれないが……

どうせなら、狂気の道をひたすら突っ走った方が、メジャーになれたのかもしれない……
いや、日本で有名じゃないだけで、ドイツとかに行ったら、今でも有名な作曲家の一人なのかもしれないけども。


そんなようなことを想いつつ、マックス・レーガーの世界に浸るのは、正直に言って、とてつもなく楽しい。
この世の中に、これ以上の遊びはない、と思う。
こんな面白いこと、他にないよ。


もうね、自分的には、ヴィオラで遊んでる、という感覚しか、ない。
別にツラい練習を我慢して頑張ってやっている、とか、そういうのは皆無。

っていうか、音楽において、ツラい練習を我慢して頑張ってやる、なんてのは、そもそも必要ないし、そんなのは百害あって一利もない、間違った行為でしかないと思う。

音楽はやっぱり、面白いから、感動するから、心に沁みるから、胸にズンと響くから、だからやるのであって、変に日本の部活動みたいに、苦しいツラいことを我慢して、根性でやり切るから偉い、みたいなのは、音楽とは正反対の、間違った方向性だと思うよ。

孫のRちゃんも、自分が楽しいから、感動するから、心に沁みるから、だからピアノを弾いている。
そしたら、Rちゃんが習ってる先生の教室で、Rちゃんの音があまりにもいい音なもんだから、他の生徒さんに見学させて、Rちゃんのレッスンしてたんだってさ。

びっくりしちゃったよ。
でも、ヴァイオリンの方は、かなりキツくてツラい肉体的訓練を必要とするからね。
あまり、出来ていない……それが現実。


しゃーないな。



あ、あと書き忘れていたけども。
マックス・レーガーをさんざん弾きまくった後に、無伴奏チェロ組曲第1番のプレリュードを久しぶりに弾いたんですよ。
そしたら、前よりも格段に、弾きやすくなっていた。
マックス・レーガーがあまりにも至難な曲なので、それを必死こいて弾いていたせいで、テクニック的にはいつの間にか向上していたらしい。
一時はさっぱり弾けなくなっていたバッハ無伴奏チェロ組曲が、かなり楽に弾き進められるようになっていた。
やったぁ!!
これは、すごく良かった。

マックス・レーガー、練習曲としても、優れているかもしれない……
ただし、練習曲扱いじゃあ、とても弾けないけどね。
本気で、狂気と怨念を込めてねっとりしつこく弾かないと、弾けません。
そんなような曲です。


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マックス・レーガーの神髄。

音楽性の違いで、揉めた。

妻と。



音楽性の違いというか、孫Rちゃんの指導方針の違いで揉めた、というか。
まあ、音楽において何を重視するか?
とりあえず今、何に重点を置くか?

という視点の相違で、大喧嘩。


まあ、それだけ愛情がある、という裏返しでもあるので、悪いとばかりも言えないけども。


しかしたいてい、世の中、女の方が強いので。
最終的には、ワタシが負ける。
そして身を引く。


でも、負ければワタシだって面白くないから。
頭に来るし、腹も立つ。



そんなとき、どうするか。


マックス・レーガーの無伴奏ヴィオラ組曲を弾きます。
この曲のすごいところは。

こういう、腹立つ! ムカつく! 激オコ!
っていうとき、何かをめちゃくちゃに破壊したい、暴れまくりたい、殴りたい、蹴りたい、そういう暴力的で攻撃的な、そんなネガティブ極まりない気持ちのときに。

そんな気持ちを乗せて弾くのに、非常に適しているんですね。
これは、コレですごいです。


バッハとかモーツァルトとかベートーヴェンとか、正統派クラシックだと、そういうネガティブな感情はほとんど出てこなくて、どっちかっていうと非常に調和のとれた、穏やかだったり、静謐だったり、時に激しくても、それは暴力的なものでもないし、もっと高度な精神性を秘めているし、楽し気だったり、明るく華やかだったり、あるいは悲しみ、哀愁、憂愁……とにかく、健全なものばかり。


マックス・レーガーは、違います。
ネガティブで、インモラル、不謹慎極まりなく、下劣で下品。
暴力的で粗暴で、破壊的。
カオスの極み。
悪の美学です。

心を病んだ人が、アルコール依存になったり、グレた少年が暴走族に走ったり。
そういう、極めて不道徳的で堕落的な世界が、マックス・レーガーの音楽には展開している。
そんな感じがする。


だから、負けて悔しい! 花一匁(はないちもんめ)っ!!
あぁ~、ムカつく、ちくしょう、このやろ、このやろ、ぶっ壊すッ!

……とかいう、ネガティブ極まりない、不埒で不遜な感情を、曲に込めて、気持ちをぶつけて思いっきり弾くことができる。

こんな曲、他にはないです。

バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番とかもいいけど、あっちはもっと正統的な悲痛さとか哀愁、爆発する激情、みたいな感じですからね……


マックス・レーガーの方は、もっと下賤な感情をも許容してくれる。
第1楽章は、出だしから激しい感情をぶつけてくる。
感情が波打つ。
そして、不調和で行き場のない、怒り、破壊衝動、そういったケイオティックな不道徳な感情を吐き出してくる。

およそ調和のとれた音楽とは程遠い。

でも、そこがいい……


第2楽章は、第1楽章にさらに輪をかけてテクニック的な困難さを増す。
かつては、まったくまともに弾けなかった。
今の方が、まだ弾けそうな雰囲気が漂っている。
昔は不可能とさえ思えた困難極まる重音奏法も、今ならずいぶんと高率で音程を合わせることが可能になってきた。
それでも、完璧に仕上げるには、まだまだ修練が必要そうだが……昔は修練することもできないレベルだったから。
各段の進歩と言えば言える。

第2楽章の方は、3拍子の舞曲風な曲調にはなるのだけども、やはりどこかグロテスクというか、不安をあおるかのような、とっても精神的に不安定な感じの、神経症的な気分が支配している。

でも、そこがいい……


pからクレッシェンドしてfになる場面が多いのだけど、焦燥感というか、緊迫感というか……
夜の街の裏路地で、犯罪者がこそこそと暗躍しているような、そんな後ろ暗さと見つかったら終わりだという緊張感。
とっても不道徳な、そんなスリルを感じるワケです。

心を病んでいる人が、麻薬に走って、こっそりと売人から入手しているような、そんな後ろめたさと、それと同時に感じる、妙な快感、高揚感。


難しい重音が連続する場面では、そんな暗い感情を表面化させて爆発させる。


しかし、b3つの中間部に入ると、一転してもっと曲は心の内面深く入っていき、麻薬中毒患者が見る、バッドトリップ、悪夢の世界になっていく。
やたらと臨時記号が多く、曲調は意味不明。
非常にけだるく、やる気がないけども、ときどき狂気が噴出してくる。

まさに狂人の妄想。
しかし、妙に共感を覚える!

このグロテスクで異形な造形が、なんだかしっくりくるというか。
ま、ワタシも心は相当、病んでいる方ですからね……


曲は再び最初にダ・カーポして、最初と同じ部分を繰り返して終わる。

全体を支配する、憂鬱で不謹慎で、不道徳で退廃的な気分、しかし時折、狂気を噴出させる激しさも見せる、グロテスクで異形な音楽造形。


RPGとかのゲームをやっていて、たとえばモンスターにゾンビとかが出てきたりしますよね。
そのグロテスクで気持ち悪いデザインに、妙に惹かれるものを感じるときがある。

ホラー系の映画で、不気味で気色悪い恐怖感に、なんだか快感を覚えるときがある。


そういう感覚と、似ているような。


マックス・レーガー、まさに病んだ現代人のための曲です。
とはいえ、ワタシは無伴奏ヴィオラ組曲以外の曲を一つも知りません。

Wikipediaとかで調べてみても、やはり日本ではあまり知られていないようで。
ドイツの作曲家で存命中はかなり著名だったようですが、日本ではメジャーにならなかったようだ。
曲も全然、有名なのが無い。

作風はやっぱり、どれも晦渋(難解、ということ)で意味不明系らしい。
ま、無伴奏ヴィオラ組曲を弾いてみても、まさにそうだからな……


でも、ただ意味がないワケじゃなくて、上で述べたように、人間の持つ、あらゆるネガティブで不道徳で不埒で、下劣で下賤で、社会生活上は表に出してはいけない、破壊的で暴力的で、神経症的で鬱病的な、そんなような厄介な感情をそのまんまどストレートに表現している、そんなような曲だと、ワタシ個人的には感じる。


他人にお勧めは出来ないけども、自分的はすっごくいいです。
ハマります。


心を病んでいる人には、いいかもしれない。
ただし、テクニック的には至難を極めます!


一応、挑戦はしてるけども、最終的には完璧に近い精度で弾きこなし、録音するのが目標ではあるものの。
今のところ、録音にまでこぎ着ける見通しは立っていない……


クソムズいです。
でも、最初から最後まで間違えずに通して弾くことができなくても、音を取りつつ曲の全容を感じ取ることができるだけで、心にズンと響くものがある。
それだけで、この曲を日々、弾く価値があるというものです。
日々の練習、それ自体が、楽しいのです。
別に、何かを求めて、何かを我慢して努力しているワケではないのです。


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マックス・レーガーに魅了される。

マックス・レーガー作曲の、無伴奏ヴィオラ組曲(全3曲)のうち、第1番に取り組んでいる。

第2楽章に魅了されてきた。


第1楽章は文句なしに良かったんだけども、このほど、第2楽章もすごくいいな、と思えてきた。


なんか、3拍子でVivaceと指示されている楽章。
「組曲」と銘打っているから、何らかの舞曲なのかどうか、明確に舞曲の名称は付してないからよく分からないのだけど。
3拍子だから、舞曲っぽいのかな。

テクニック的には、第1楽章のさらに上をいく難しさ。
2重音が多用されているんだけども、これがまた異常に弾きにくい。
さらに、第5ポジションでの2重音が随所に出てくる、という鬼さ。

しかし、全体に漂う、憂鬱な気分が心に沁みる。
もう、心、病みまくってますよね。

第1楽章の、激しい病み方とはまた違って、落ち着いた病み方。
しっとりと地味に、病んでいきます。

全体的にとにかく暗い。
中間部は♭3つになってさらに弾きにくくなるのだが。
今日は、なんだか音楽的に、何を言いたいのかが理解できた気がした。

あっ、こういう曲なんだ、コレは!
っていう気づき、というか。

いや、言葉で説明はできないんですけどね。
なんか、まったく健全ではない、病んだ精神からほとばしり出てくる叫び、それを音楽にしました、的な、半音階進行で意味不明、だけどなんか心にグサッ、と来る。

そんな不思議な良さを持つ曲です。


You tube に一応、演奏はアップされてはいるんだけど、どうもイマイチ、良くはない。
あっさりし過ぎている、というか。

もっと、心を病みに病んで、怨念を込めてねっとりしつこく、粘着質に弾かないと、この曲の真価は発揮されないんじゃないか。
でも、そんな曲とその演奏なんて、誰が聴くというのだろうか。

非っ常~に、ニッチな需要しかない気がする。
ま、どうりで、全然メジャーじゃないしね……


でも、ヴィオラ専用の曲としては、シュターミッツの協奏曲みたいな凡庸で退屈極まりない曲よりも、はるかに内容的に深くて心に刺さる名曲だと思う。


ただ、心が病んでない人からしたら、ただの意味不明でワケ分からない変な曲でしかないと思われる。

流行るワケはないよな……


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プロフィール

ばっかバッハ

Author:ばっかバッハ
ヴァイオリンを習い始めたのは16歳くらい。
それから30年以上の歳月が流れ…今ではアラフィフ。
年齢とともに楽器を弾くのが辛くなってきたので、ゲームで遊ぶことも。

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