そして再びの無伴奏。

あー。
また更新サボってた。

まあ、忙しいから仕方ない。

でも練習はサボってはないよ。
ここ3日くらい、何を思ったのか、急にバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番ト短調BWV1001を練習していた。

理由は不明。
なんか、オブリガートチェンバロとヴァイオリンのためのソナタ第2番イ長調BWV1015が、とにかく難しくて弾けなくて。
特に第2楽章の分散和音とハイポジションでの下降音型の辺りが壊滅的。

弾けない上に、チェンバロパートに合わせるのがまた至難の業で。
チェンバロパートが、音が小さくてとにかく聞こえなくて、合わせづらい。
CDラジカセのボリュームをかなり大きめにして、ヴァイオリンは限りなく小さな音で軽く弾いて、必死にチェンバロパートの音に耳を澄ませながら、どうにか合わせるしかなく。
それでも、本当に合ってんの?
ってなアバウトな合わせ方しかできなく。

なんか、あまりにも難し過ぎて、やってもやってもできないと、人間、飽きてくるじゃないですか。
成果が見られない。


そんなとき、ふと、脳内にあの、無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番ト短調BWV1001の、第2楽章フーガの主題が流れてきて。
あぁ~、あの切々と胸に迫る哀愁に加えて、途中から激しくなってド迫力の重音で突き進むあの劇的な展開。

弾きたい!
また弾きたい!


そんな想いがふくらんできて。
そんなとき、我慢はしない。
即、弾く!


とはいえ、いきなりフーガはキツかろう、ということで第1楽章アダージョから。
うん。

難しい。
( ̄ー ̄;)……


その昔(数年前……)、弾いたときは、できるだけポジションを上がらずに、第1ポジションとか第3ポジションとか、簡単なポジションで極力弾くようにして、どうにか全部弾いたが。

今になって改めて楽譜を見てみるに。
書いてある指使いの指示の、意味が分かる!

あ、なるほど!
ここでポジション上がるから、こう弾けるワケか!
あぁ~、確かにその方が弾きやすいわ!

前は、「なんでここでこんなハイポジションに上がらなくちゃいけねぇの!? 意味分かんねぇ。バカじゃねーの?」くらいに思って、第1ポジションで無理やり弾いたりしていたものだったが。

今になってみると、ハイポジションに上がる意味が分かる。
はい、おっしゃる通り、その方が弾きやすいし、スマートでカッコいいですね!

どうもすみませんでした!
( ̄皿 ̄;)



……かように、何年もの時を経ると、どうやらそれなりに向上していたものらしく。
以前は非常にしんどくて、不可能とさえ思えたハイポジションが、今はとりあえずその指使いで練習することは出来るレベルになっている。

楽勝とはとても行かないが……
でも、せっかくだからハイポジションに上がる指使いで練習を重ねよう。
その方が、修練になるし。

でも、部分的に、どうしてもハイポジションより第1ポジションの方が弾きやすいな、という箇所だけは、楽譜に書いてある指示を無視して第1ポジションで弾くことにしよう……

いいとこ取りで。

別に、それで問題ないし。
楽譜の指示は、あくまで楽譜を編纂した人の個人的な主義・主張・趣味に基づいて書いているだけの話だから。

あ、それはともかく第2楽章フーガの方。
こちらもかなり難しいのではあるが。

しかし、前に譜読みしたときよりも、今になって改めて弾いてみると、前よりも格段に弾きやすくなっている。
前は、ものすごく、凄まじく苦労して音を取った、クソ難しい重音が、今はそれほど苦労せずに取れるようになっている。

確実に、進歩・向上している。


以前は、とてつもない労力をかけてすさまじい努力の末に音を取ったクソムズ重音の箇所が、今はそれほど苦労せずに、普通にすんなりと譜読みできる。

あれ、前にとんでもなく苦労した重音のところって、どこだったっけ?
って考えて、思い出して、あれ、ここじゃなかったっけ?
っていう箇所が、今はそんなに苦労することなく、重音が押さえられている。

う~ん。

一応、進歩はしていたようだ。
それも、かなり。

ただし、だからといって、楽勝で弾けるか、というとそんなハズあるワケもなく。
やっぱり、難しいことには変わりない。

そう易々と、弾けるワケがないよ。
このフーガは。

でも、いい曲だね……。
無伴奏ヴァイオリンの中では、シャコンヌに次いでいい曲なのが、この第1番のフーガだと思われる。
シャコンヌよりもとりあえず短い、というのもポイント高し。

難しいけど、パルティータの第1番とか、ソナタの第2番とかよりはまだ易しい方だしね。
あっちは本当の鬼だからな……


でもこの第1番のフーガ。
最後まで通して弾くと、「あ~っ! 弾いた、弾いた!」っていう満足感がありますね。
それだけで疲れちゃう、ってのもあるけど。

でも、なんつーか、他の曲では味わえない、やり切った感が、この曲にはあります。
無伴奏じゃない、チェンバロパートとかピアノパートとか、オケとか、他と合わせないと完成しない曲だと、どうもいつも不完全燃焼というか。
チェンバロパート等のCDと合わせても、どうも完璧には弾けず、いつも不満が残るというか。

それに比べて、無伴奏はヴァイオリン一挺で完結してますからね。
どんなテンポで弾こうが、自由だし。
チェンバロパートに合わせる苦労もない。

バリっとズジャッと重音をキメて、体に響く気持ちよさ。
やっぱ、コレですよね。

無伴奏の醍醐味。



ヴィオラに持ち替え。
無伴奏をガッツリ弾くと、ヴィオラを弾く気力はイマイチなくなるのではあるが。
何か弾いておかないと、これはこれで衰えるからね……

ヴィオラはまた、使う筋肉が異なるから。

気が抜けて、何を弾こうか迷うこと数分。
凄まじく久しぶりに、マックス・レーガーの無伴奏ヴィオラ組曲を取り出す。
第1番の第1楽章を譜読みしてみる……

これ、ト短調で無伴奏ヴァイオリンソナタの第1番と同じ調性。
しかし、激ムズい!

何コレ?

こんなん、弾けるワケねー!
いや、ものすごーく昔に、発表会で弾いたことがあるハズなんですがね……
今になってみると、何も弾けない。
っていうか、何も覚えていない。
いや、弾いた記憶はあることはあるんだけど、指が何も覚えていないのです。

とてもじゃないが、弾けたモンじゃない。
こんなの、どうやって弾いたんだろう……

昔は、軽く押さえて、軽い音で軽く弾いてたからなぁ。
今は、ヴィオラの低くて太くて深い音を、ブンブン、ゴンゴン響かせて、いい音出しまくってるから、左手指もそれなりに強い力で押さえないと音が出ない。

そのため、昔は弾けた曲でも、今は弾けなくなっている、という現実がある。

まあ~、それだけじゃなくて、ただ単に忘れ去っているだけ、ってのはあるが。


仕方ないので、途中で挫折して、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバソナタの第2番ニ長調BWV1028から第1楽章と第2楽章だけ弾いて終わりにしておいた。
これらって、しっとり落ち着いてテンション高くなくて、疲れていても淡々と弾けるから、いいよね。




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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

レイトだと、いろいろしんどいワケです。

ここのところ、一日のうちにヴァイオリンとヴィオラを両方とも弾くのがツラくなってしまって。
どうしてもお仕事関連の疲労が。

それで、ヴァイオリンの日、ヴィオラの日、という風にどっちかだけ弾くことが多く。

それで思ったんだけども。
最近の最重要テーマである「安定した構え方」なんですが、まあ、だいぶ出来てきた感はあるんだけど。

それでも、大きな問題があって。

「安定した構え方」で構えるまでに、少し時間が掛かるんですね。
左肩を前に出して、楽器を肩に乗せて、左ひじをぐっ、と内側に入れつつ、顎当てに顎を乗せて楽器を安定させて……っていう行程に、数十秒から数分ほどを要する。


でも、YouTubeとかで観るようなプロの人って、弾き始める直前くらいにすいっ、と構えるじゃないですか。


アレができない。
(°▽°;)……



自分なんかだと、あらかじめ、「安定した構え方」でしっかりと構えておかないと、間に合わない。
直前じゃあ、ちゃんと構えられないまま、曲が始まっちゃう。


いつも、そう。
弾き始める前に、まずはえっちらおっちらと、「安定した構え方」で構えるのです。
これに少し時間が掛かる。
そして構えたら、その構えをズラさないまま、曲を弾き始めなければならない。


ヴァイオリンはまだ、構えるまでの所要時間がそれほどでもないのだが、ヴィオラの方は最悪で、楽器が大きいせいなのか、構えるまでにけっこうな時間を要する。


これじゃあね……人前で弾くとなったら、やっぱりカッコよく、弾き始める直前くらいにすいっ、と構えたいじゃないですか。

そこら辺が、まだまだ課題だなぁ、と。
レイトは何かと大変です。


しかも、それだけじゃない。
昨日は土曜ということで、ちょっと調子に乗って弾きすぎたようで。
昨日はヴィオラの日にして、ヴィオラでバッハのヴィオラ・ダ・ガンバソナタを第1番から第3番まで全曲、全楽章通して譜読みしたいな計画を発動したのであった。

第1番、第2番までは苦労しつつも全楽章、通して譜読みした。
途中、音程これで本当にいいの? ってな箇所もありつつも、後でCD聴いて研究しよう、ということで。
しかしさすがに第3番の第1楽章を通して弾いたら、その後を弾く気力がなかった。

しょうがないので、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調のプレリュードだけ弾いて終わりにした。

しかし、これがかなり体に負担だったらしく。
今日の日曜になって、朝起きたら、猛烈に頭が痛いんですね。

目の奥がずーんと痛む。
目の疲労? と言っても、昨日の土曜は別にパソコン作業してないし。
何コレ? 何も思い当たることが……あった。

ヴィオラの弾き過ぎか!?


どうも、自分の体の感覚をよ~く感じてみるに、明らかにヴィオラの弾きすぎで体に無理がきてる。
背骨というか、腰回りというか、骨格が歪んでる感じ?
負担が掛かって、無理が来て、歪みが蓄積してる感じがする。


あぁ~、これか。
これだわ。

ず~っと前から、時々体に来る不調の原因だよ、これは。

ヴィオラは、ヴァイオリンほど音程を取るのに精密な集中力は要求されないものの、楽器が大きくて重いから、肉体的には負担が来る。

そんな体に負担が来るヴィオラを、長時間、しかもバッハみたいに音符が激烈に多くて弾くのが大変な曲を、全楽章、それも第1番と第2番、さらに第3番の第1楽章まで弾いたのだから、肉体に来るひずみは相当なモノだったっぽい。

それで頭痛くなったのか。


だから今日の日曜は、ヴァイオリンの日にして、バッハのヴァイオリンソナタ第2番イ長調BWV1015の全楽章だけにしておいた。

う~ん、やっぱりヴィオラは、体に負担が来る。
楽器が大きくて重いせいだ。
あと、音も低くて太いから、左手で押さえる力も、ヴァイオリンよりも数倍も必要とされる感じがする。
そりゃあ、肉体的に負担、来ますよね。


そもそも、ヴィオラっていう楽器自体が、矛盾をはらんだ無理のある楽器ですからね。
モノの本によれば、ヴィオラの音域からすると、本当はもっと本体が大きくないと、あの音域の音をちゃんと響かせることはできないらしいじゃないですか。
ヴァイオリンやチェロは、ちゃんと音域に即した楽器の大きさを持っているので、それにふさわしい音が出る。

しかし、ヴィオラは、その音域から要求される楽器の大きさよりも、小さめに作られている。
なぜなら、あれ以上大きく作ってしまうと、肩に乗せて弾くことが不可能となってしまうから。

だから、本当に必要な大きさよりも小さめに作って、どうにか肩に乗せてヴァイオリンのように構えて弾けるように無理に作っている。

だから、本当にヴィオラのいい音を出そうと思ったら、肩に乗せて弾けるギリギリの大きさまで大きく作られたヴィオラで弾かなければならないし、そういうヴィオラを弾くとなったら、体にかなりの負担が来るのは致し方がない。

ウチにあるヴィオラ君は、一見、あまり大きくないように見えるのだけれど、実は厚みがかなりあって、重さもすごくある。

だからといって、これより小さなヴィオラだと、あまりいい音が出ない、というジレンマ。

そういう、ギリギリのせめぎ合いが、ヴィオラの難しいところ。


だいたい、市販のプロによるCDだとか、YouTube動画だとかを聴いたり観たりしても、本当にヴィオラのいい音を楽しませてくれるものは、すごく少ない。
CDだと、ピンカス・ズーカーマンくらいなモノだ。
他は、ヴィオラにしてはやけに軽い音で弾いていて、凄まじく物足りないものばかり。

弾きやすい偽ヴィオラ(小さい)で弾いても、聴いてる方は満足できないワケです。
しかし、大きめのいい音が出るヴィオラで弾くのは、弾く方がすさまじくしんどい、というジレンマ。

解決法は、恐らく、ない。
弾く方が、苦労して、体に負担が来つつも、それに耐えて弾く以外、ないのだと思う。


ワタシもレイトじゃなかったら、もっと肉体がヴィオラに適応して、こんなに頭痛くならずに弾くことができたかもしれないのに。

でも、どんなに体に負担が来て、頭が痛くなろうとも、それでも、やっぱりヴィオラも弾きたい。
だって、いい音してんだモン。

弾きたいよ、そりゃあ。


でも、体に負担来ちゃって、頭は痛くなるし、左手指には痺れるような感覚が残っちゃうし(筋肉使い過ぎ)、とてもじゃないが毎日は弾けない。


そこら辺が、レイトの悔しさなワケです。


小さい頃からやってる人は、肉体が出来上がってますからね。
長時間の演奏にも耐えられる。

う~ん。

レイトは切ないぜ。


努力などという生ぬるいものでは決して越えられない、厳然とした壁。
それが、レイトの前には立ち塞がっているのです。

だからって別に、諦めたりはしないけどね。

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テーマ : クラシック
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音程を決めつけない。

え~と。
左手人差し指の切れたところは、だいぶ痛みも少なくなってきて。
しかし、それとは別に、お仕事の疲労で全身的な倦怠感が抜けなくて。

あまり練習できない……


それでも、少しは弾いておかないとな、と思ってバッハのヴァイオリンソナタ第2番イ長調BWV1015。

まずは第1楽章から。
今日はチェンバロパートCDに合わせて弾いてみた。

CDに合わせて弾くと、なんだか一人で弾いていたときは完璧に感じていた音程が、微妙に調子っぱずれにだらしなく聞こえてきたりする。

ほんのわずかな音程の狂いが、物凄く致命的に雰囲気をぶち壊す感じ?


この原因が、実はCDが平均律で収録されているからなのか、それとも自分の音程が少し悪いせいなのか、何なのかは不明。

原因は不明ながら、調子っぱずれのままでは気持ち悪くて弾いていられない。
そこでどうするか。

CDで流れてくるチェンバロの音に耳を澄ませて、それと和声的にキレイに響くように、左手指を微妙に、絶妙にずらして微調整をかましつつ、音程を完璧に合わせていくのである。

だから、一人で弾いていた時の指の位置でもって音程を決めつけて弾いてしまうと、CDと合わず、不快な不協和音(いや、もはや和音ですらない、ただの雑音)になってしまう。

だから、一人で弾いていたときの指の位置にはこだわらず、音程を決めつけないで、耳でチェンバロパートをよく聴きつつ、左手指を微調整してキレイに響く音程を追求していくのである。


まあ、口で言うほどたやすくはないのだけど。
脳内で和声的にキレイな響きを再生しつつ、指をそれに従属させていく感じ?

だから、左手指は高度な柔軟性を要求される。
ガチガチに固めて決めてしまってはいけない。

あくまで、チェンバロとの響きを最重要視して、音程を取っていく。

バッハの曲は、音符がとにかく多くて、すべての音を正確に完璧に取るのは、正直至難の業だと思われる。
いくら気を付けても、たまにチェンバロと和声的にきちんと響いていない音が混じる。

それを可能な限り完璧に近づけていくのが、日々の修練というものだろう。


モーツァルトはテンション高すぎて疲れるけど、バッハほど音が多くない(っていうか明らかに少ない)ので、音程を完璧に取るのは実はバッハほど難しくはなかったりする。
ただ、精神的に疲れるだけで……



実はこの、「音程を決めつけず、他の楽器の音をよく聴いて和声的にキレイに響く音程で弾いていく」という弾き方は、かつてヴィオラで室内楽などをやらされた経験から身に着けた技術だったりする。
それが、CDに合わせるときに役に立つとは……


とはいうものの、ヴァイオリンの方がヴィオラよりも、正確な音程で弾くのが数段、難しい。
ヴァイオリンの方がヴィオラよりも、より精密で精緻な音取りを要求される。

音域が高音だからなのか、それともネックが短くて指と指の間隔が狭いせいなのか。
あるいはその両方か?


とにかく、ヴァイオリンの方がヴィオラよりも、音程の狂いが目立ちやすく、すぐにだらしなく調子っぱずれになりやすい。
正確な音程で弾き続けるために、凄まじい集中力と注意力が必要とされる。


それは、間違いない。
これは別に、ワタシの個人的な見解でも何でもなくて。
昔、習っていた先生が言っていたことにすぎない。
それを、両方弾いてみて、確かにそうだわ、と実感して言っているだけなんだが。

しかし、どういうワケか、ワタシが上記のようなことを言うと、「そんなワケないだろ! ヴァイオリンもヴィオラも同じように構えて同じように弾くんだから、難しさに違いがあるハズない! 何言ってんだお前バカじゃねーの(笑)」と言ってくる輩が、かつて3名ほどいた。

その人たちは、3名とも、ヴァイオリンもヴィオラも弾いたことのない人たちであった。


……なんで、ヴァイオリンもヴィオラも弾いたことなくて習ったこともない人が、両方弾いている人が言うことを自信たっぷりに全否定できるんでしょうか。
どんだけ傲慢なんでしょうか。

しかし、最近になってその謎が解けた。
その人たちは、ワタシという人間を心底、下に見て、見下しまくっていた、ということだったのである。


ワタシのことを、ただのバカだと思ってみているから、ちょっと自分たちの常識と違うことを言うと、それがたとえ正しい見解であったとしても、「こんなバカの言う話が正しいハズがない」という先入観から入っているから、ワタシの言うことを平気で全否定してくる、というカラクリですね。

まったく、ワタシも舐められたモンです。
これが、ワタシのようなどこの馬の骨とも知れないようなヤツではなく、葉加瀬太郎みたいな人が、テレビに出て番組の中で「ヴァイオリンの方がヴィオラよりも弾くのが難しいんですよ!」なんて言ったら、誰しもが「へぇ~、そうなんだ! 明日みんなに言って自慢しよう~♪」ってなるワケです。


人は、話の内容の真偽になんか、まったく興味はなくて、その話を言っている人がどんな人か? によってだけ、その話を信じるか信じないか決めている。

だから、偉くて権威のある人が言う話なら、大嘘でもあっさりと信じてしまうんですね。
んで、どんなに本当の話で、真実であっても、そこらのアホっぽい人が言っている話には、一切耳を貸さない。
そういうモンなんですね。



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左手指を裂傷しても練習。

え~、どうも、この。
ここ最近、仕事の方がハード過ぎて、ブログどころではなかった。

練習も、お疲れモードで簡略化する傾向に。
しかも、昨日は左手の人差し指を切ってしまって、ケガしちゃった。

左手の人差し指を切ったら、ヴァイオリン&ヴィオラどころじゃないだろう、と思うかもしれないが。
お構いなしに練習はしました。
でも、ちょっとだけ痛いので、今日は少しだけにしておいた。

なんで左手の人差し指を切ったかというと、少し前に妻がガラスのボウルみたいなのを落として割ってしまって。
なんか、妻が出掛ける直前だったから、俺が片付けておくから、早く行きな、って言って、ワタシが破片を片付けたんですわ。

しかし、拾いきれない小さな破片が残っていて。
昨日、ちょっと床を拭いていたら、その拾いきれずに残っていた破片に左手の人差し指が思いっきり突進したようで。
ブサッ、と人差し指に突き刺さり、凄まじいばかりの出血。

あんなに血ィ出たの、かなり久しぶりだった。
後から後から湧いて出てきやがる。
とりあえず、バンソーコー貼って止血。

やべぇな~、練習できないかな?
と思ったけど、夜には血が止まってたから、構わず練習した。
微妙に、いつも弦を押さえるポイントからちょっとズレた位置が切れていたので、一応、弾くことはできた。
とはいえ、弦を押さえるポイントのすぐそばがパックリ切れているワケだから、時々、ちょっと痛い。

あと、ヴィオラで、1の指(人差し指)を使った重音を弾いた時に、ガッツリと切れた部分で弦を押さえたため、激痛が走った。

やべぇ、また出血したかな? と不安になって指を見たら、出血はしてないけど、切れたところから透明な液体がにじみ出してきていた。
テラヤバす。

昨日はその辺で練習終了しておいて、今日もまた懲りずに練習。
ヴァイオリンで、バッハのオブリガートチェンバロとヴァイオリンのためのソナタ第2番イ長調BWV1015を少し真面目に練習。
特に第2楽章の、分散和音で派手にぶちかます辺り。

あそこだけが、異常に難しい。
分散和音からの、ハイポジションでの下降音型がかなり弾きづらい。
なので、そこを繰り返し弾いて指を馴染ませていく。
とてもじゃないが、1日では無理だった。

毎日、地道に練習を重ねるしかないな……

他の楽章はそれほどでもないのだけど。
あそこがスムーズに弾けないため、なかなかCD合わせに行けない、という。

さすがに、第3楽章、第4楽章と通して弾くと、左手人差し指の切れたところがかなり痛いので、練習はやめておいた。
ヴィオラの方はお休み。


あ~、明日は痛みももう少し和らぐかな。



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なんか自分、上手くなった。

ここのところお仕事がハードモードで、あまりたくさんは練習できなかったのだが。
今日も土曜出勤で、クッソ面倒くさいエクセルシートの数字合わせ。
合わなくて難儀した……

夜になってから、おもむろに練習開始。

なんだか、最近、やっとヴァイオリンとかヴィオラとかの弦楽器の弾き方が分かってきた感じがする。

今夜はヴァイオリンの方は、ドヴォルザークのユーモレスクを普段より丁寧に練習した後、久しぶりにコレルリのラ・フォリアを弾いてみた。

この曲、前に練習していた頃は、まだ「安定した構え方」が完全には身についていなかった。
曲を弾いているうちに、だんだんと構え方がズレてきてしまって、なかなか最初から最後まで安定した構え方のまま弾きとおすことが難しかった頃だった。

しかし、今日はあの頃とは違う……
今は、安定した構え方が安定してできる。
コレルリのラ・フォリアでも、最後まで安定して「安定した構え方」のまま、弾きとおすことができる……

安定した構え方から、ゆったりと余裕で、音を響かせていく。
音を出そうとして、変に力む必要とかは全くない。

ただ、楽器の物理的特性に基づいた要求に応えて、楽器を効率よく振動させて、音をぶんぶん響かせていけば、おのずといい音が出て、いい音楽ができる。

これが、これまで難しかったのだ。
そして、初学者にとっても、多くのレイトスターターにとっても、なかなか到達できない境地なのだな、と、しみじみと実感した。
そこに、ようやくたどり着いた感じがした……

やっと、「音楽」のスタートラインに立てた、そんな気がする。

ラ・フォリアは、久しぶりに弾いてみると、前は弾きづらかった箇所が、今はそれほど苦労することなく弾けたり、明らかに進歩が見られた。
それに、安定した構え方から繰り出される、余裕を持った音出しによる、ゆとりのある演奏。
自分で弾いてて、自分、なかなか上手いんじゃね? とさえ、思える。
別に、うぬぼれとか思い込みとかじゃなく。

そこは、本当に。


コレルリのラ・フォリアをCDに合わせて、割と本気モードで弾くと、一気に疲れて脱力してしまう。
しばし、ボーッとした後。

ヴィオラに持ち替え。


ラフのカヴァティーナを弾く。
これも、変に力むことなく、すいすい、ぶいぶいといい音を響かせていく。
この、「余計な、不要な力を入れず、必要なところだけ筋力を発揮していく」という状態を、一般的には「脱力」などと呼ぶのかもしれない。
でも、別に本当に脱力しているワケでもなんでもない。

左手指の押さえ、右手の弓の保持、ここら辺には、しっかりがっつりと、力入ってるし。
ただ、それ以外の、不必要な部分には、まったく力入れてないだけで。
左手はガッツリ押さえ、右手はしっかりと弓を保持し、弓は弦にガツッと食い込んだ後は、ただスイーッと弦の上を滑っていく。
ここには、力は入らない。
むしろ、入れてはいけない。

楽器本体がビンビン振動するのに任せる。
それを妨げるような、余計な力みは入れない。


楽に、すごくいい音が出まくる。
コレ、ヤマハサイレントヴィオラの効果でもある。
ここ1週間の間は、どうも疲れちゃって練習するのしんどいわ~、っていうとき、ヤマハサイレントヴィオラだけ弾いて終わり、っていう日もあったんですけども。
それが、意外にいい効果だった。

どこぞの某エレキヴァイオリンと違って、ヤマハサイレントヴィオラは、いくら弾いても電子音の不快感がゼロなんですね。
不快感どころか、弾けば弾くほど気分が乗ってきて、もっと弾きたくなるほど。
アレは、ホントにすげぇ。

開発には、相当な年月と手間暇とコストが掛かっているハズだ。
本当にヴィオラが上手い人が、何度も何度も試奏を重ね、意見を出して改良に改良を重ね、ノウハウを蓄積して、そしてようやく完成させた、そんなYAMAHAの技術の粋を集めた逸品なのだろう。

ヴィオラだからか、需要がなくてあまり製造されてないのが、非常に残念である。
世界に誇れる、世界に発信できる、日本の優れた技術力の昇華だと思うんだけどなぁ。

ま、あまり海外では、サイレントヴィオラの需要なんてないのかもしれないけども。

おっと、話が逸れた。


何の話だっけ。

カヴァティーナの後は、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007のプレリュード。
これ、こないだまでよりも、各段に上手く弾けるようになってきた。

自分で弾いてて、自分、ちょっと上手いんじゃね? と思えるレベル。
いや、うぬぼれとか思い込みじゃなく。

これもヤマハサイレントヴィオラの効果だ……


ヤマハサイレントヴィオラのおかげで、生楽器でも、楽に音を出すことができるようになってきたんですね。
前は、なんだかんだ言って、かなり頑張って音を出していた。

それが、サイレントヴィオラを弾いた後だと、楽に、それほど苦労せず、力まず、いい音が出せるようになっていた。
やっぱり、ヤマハサイレントヴィオラは、とてつもなくすげぇ……

あきれるほどに、素晴らしい。


それはともかく、バッハの無伴奏プレリュード。
前は、音がところどころスカってしまって、なかなか安定していい音を出し続けることが難しかった。
それが今は、ヤマハサイレントヴィオラのおかげで、最初から最後まで、一定のいい音を安定して出し続けつつ弾きとおす、ということができるようになってきたのである。

す、すごい。
すごすぎる……
ヤマハサイレントヴィオラ様様である。


無伴奏のあとは、無性に懐かしの昭和歌謡が弾きたくなってきた。
サイレントヴィオラでよく弾いていたから、ってのはあるけども。





↑コレ。

コレ、マジで楽しいです。
マジヤバいです。

この楽譜を買ったばかりの頃は、まだ頑張り奏法だった。
でも今は違う……変に力まず、余計な力は入れず、余裕でゆとりを持って「歌うこと」に専念できて、楽に弾けるようになった。

いやぁ……心に沁みる。
どれもいい曲ぞろいだが……
『いい日旅立ち』
『時の流れに身をまかせ』
『秋桜』
『なごり雪』
『時代』
『また君に恋してる』
『川の流れのように』
『卒業写真』
そしてまた最後に『時の流れに身をまかせ』を、それぞれCD伴奏に合わせて弾いた。
まるでカラオケだ……

でも、どれもめちゃくちゃいいぜッ!!
沁みるね。


前よりも楽にいい音を響かせて、心の感じるままに歌えるから、自分で弾いてて、自分、なかなか上手いんじゃね? と思えてくる。

恐らく、間違ってはいまい……
そんな、確信がする。


懐かしの昭和歌謡は、いずれ人前で弾くか……

でも、こういう曲って、人前で弾くとJASRACが何か言ってきたりするんだろうか。
お金取ってなくて、何ら利益を得ていなくても、人前で弾くだけで、「著作権料がどうたらこうたら!」とか面倒くさいことを言ってくるんでしょうか???


ま、仮に本当に人前で弾いたとしても、ここには書かないでおいた方が無難ですね。
録音してアップなんて、もってのほかだろう。


まったく、世知辛い世の中になりましたね。



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プロフィール

ばっかバッハ

Author:ばっかバッハ
ヴァイオリンを習い始めたのは16歳くらい。
それから30年以上の歳月が流れ…今ではアラフィフ。
年齢とともに楽器を弾くのが辛くなってきたので、ゲームで遊ぶことも。

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