ブラック社員、というのもいる。

よく、マスコミ等では「ブラック企業」というのを槍玉に挙げて批判しているが。
「ブラック社員」というか、「ブラック従業員」というか、「ブラック職員」というか。
まあ、分かりやすくブラック社員で統一しようか。

そういう社員も存在している。
ブラック社員は、会社の備品や在庫品を持ち出して着服する。
会社の経費で、私物を購入する。

顧客相手に、勝手に商品をディスカウントしたり、無料にしたりして、会社の売り上げを下げて損害を与えながら、自分自身は客から「値引きしてくれるいい人!」という高評価をもらう。

そして、ここの社長はあくどくずるく儲けていて、汚いヤツだ。
自分も安月給でこき使われている。
だから、お客さん相手には値引きしてうんとサービスしてあげますよ、これは社長には内緒ですよ、と吹き込む。
社長(や経営陣)を悪者に仕立て上げ、自分は正義のヒーローをきどる。
しかしその実態は、会社の売り上げを勝手に下げて損害を与え、自分は給料をまるまるもらう。
客からの評判はいいが、会社には大損害を与えている。

やがて客は、○○さんはいい人だけど、社長は悪人だ!
ずるく汚く儲けている!
と経営陣ばかり非難するようになる。

変に正義感のある人ほど、社長=悪と思い込まされ、社長宛に匿名で怪文書まで送りつけてくる始末だ。


経費ちょろまかして会社の在庫や備品を盗み、勝手に売り上げを低減させて損害を与えておきながら、すべて悪いのは社長、自分はいい人、を演じ、客もそれを真に受けて信じる。

人間、自分は正義!
って思いたい性情を持っているから、あいつは悪だ!
と認定して、それを叩けば、俺様正義のいい人!
って簡単に自分に酔って、それが本当に正しいのかどうか、疑いもしない。

左翼のバカどもには、そういう思考経路なヤツしかいない。

単純に、マルクス主義の、すでに間違っていることが証明された古臭い理論を未だに信じ込んでいて、資本家=経営者=社長==強者=悪、従業員=労働者=安月給でこき使われている被害者=善、という図式で、ものごとを見て解釈してしまう。


しかし現実は全然違う。
ずるくて怠け者で汚い従業員が、会社の備品や在庫品をちょろまかし、勝手にディスカウントして損害を与えてるくせに自分だけ客から高評価をもらう。

会社の売り上げを下げて損害を与えたら、自分がもらう給料に響く、とかいうことは考えない。
売り上げを下げて損害を与えてるくせに、給料だけはきっちりもらう。

そういう、汚くてずるいやり方をする社員が、のうのうとのさばっている。
そういう汚くてずるいヤツほど、小学校や中学校や高校などではどちらかというといじめっ子グループに属していて、自分たちのやり方に従わない同僚は、全力でイジメ抜く。

自分たちの、汚くてずるいやり方に染まらない、真面目で真っすぐな同僚は、徹底的に追い込む。
そのやり口は、あからさまな暴力や嫌がらせという形は取らない。
そんなことをしたら、自分が不利になることを十分に知り尽くしているから。

そのイジメの手口は、実に巧妙極まりない。
それは、徹底的な無視、というやり口で行われる。

業務上、必要な情報を一切、伝達しない。
話しかけても、一切無視。
まるで空気のように、存在がないかのように、とことんまで無視し続ける。
やられた方は、精神的に追い詰められていき、自分から退職していくか、それが恐ろしい人は、簡単にブラック社員たちのグループになびいて仲間になっていく。

そしていつしか、会社内はブラック従業員のグループばかりが占めるようになり、会社の業務はブラック社員が実質的に仕切るようになっていく。
売り上げは上がらない、赤字は垂れ流し。
それでも、ブラック従業員は自分のことしか考えていない。
会社がつぶれようがどうなろうが、そうなったら次に移ればいいぐらいにしか思っていない。


そんなブラック社員は、確実に存在している。
そして、そういう、悪質極まりないブラックな社員から、経営者を守る法律は存在しないのだ。
法律も、資本家=経営者=強者=悪、労働者=従業員=弱者=善、という偏った一面的な、マルクス主義に毒された思想で形成されているので、労働者ばかり保護して、経営者には厳しい内容になっている。


あまりにも、バランスを欠いた、偏った法律・制度になっている。


もうだいぶ前のことになったが、冷蔵庫だか冷凍庫だかに入って写真を撮ったバカッターのせいで、店が閉店に追い込まれる事件があった。
ああいう、バカな従業員のせいで店が閉店する、とかって、とてつもなく大きな損害なんですけどね。

ちょっと、労働者だけではなくて、経営者を守る法律も必要だろ。
大企業ばかりじゃないんだから。
中小企業は、一部の、ごく一部の従業員の不始末一つで、倒産に追い込まれるくらい弱い立場にある。

それを、会社は大企業だろうが中小企業だろうが、一律に「資本家」とひとくくりにして、全て強者=悪、という図式で縛る今の労働法制は、明らかに実態に即していない、歪んだ制度である。


ブラック従業員は、金銭的な方法ですぐに解雇できるように、法整備し直すべきなのだ。
おかしいから。
企業にばかり責任を押し付けて、労働者を甘やかし過ぎなのが、今の日本の労働基本法。
あまりに偏った、一面的な法律である。


自民党さん、ちょっと頑張ってくださいよ。
野党は全部、バカ左翼思想に染まり切っていて、話にならない。
著しく間違いまくってるから。


あ、上記のブラック社員ですけどね。
そんな社員、ホントにいるの?
どこにいるの?

と疑問に思われた方。


ウチの会社だよ。



おかげで、心労で死にそうだよ。

ブラック社員に殺される。
それが、経営者。



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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

モンスタークレーマーの増加。

何なんでしょうね。
金払ってる方が無条件で偉いんだ!
こっちは金払ってるんだぞ!
そっちは、ちゃんとしろよ!
こっちは客だぞコラぁ!
そんないい加減なことが許されると思ってんのか!
きちんとやっていただけますか?


ああ。
やるよ?
やるけど?


つーか、お前何様?
金払ってれば、神様なのか?
お前、そんなに偉いのか?


何か、勘違いしてるバカが、日本中に蔓延してますよね
近頃。


金払ってる方が無条件に偉い。
こっちは金払ってんだぞコラぁ。
そんな失態が許さると思ってんのかぁ!

ってさあ。
お前、どんだけ偉いんだよ?
お前、何様ですか?


てめぇみてぇな、くだらねぇ些細な、どうでもいいようなことでクレームねじ込んでくるような頭おかしいヤツ、そもそも客じゃねぇから。。
来なくていいんだけど。

つーかくんなよ。
金なんぞいらねぇよ。
お前、べつに大口顧客ってワケでも何でもねぇし。

何たった○○円程度のはした金で、そんな偉そうにしてんの(笑)
バカじゃね(笑)


うん。
そもそも、売買契約、サービスの提供とかって、民法上は「双務契約」と言って。
別に、金払う方が偉い、とかそんな定めは法律上、一切ないですから。
一方が金銭を支払う、一方は商品やサービスを提供する。
双方に義務があり、別にどちらかが上どちらかが下、っていうのはなく、対等な契約関係だった。
ところが、ごく一部の特殊な百貨店が、お客様の要望にノーはない、という、お客様第一主義、みたいな、お客様は神様です、的な落語のネタだった冗談を、現実に経営方針にしたところから、日本全体がおかしくなった。

いつしか、お客=お金を払う側、が絶対的に偉く、お金をいただく側はその要望・要求を全面的にのむのが当たり前、みたいなバカげた間違った風潮が、日本中に広まって浸透した。
その結果、思いあがった傲慢な「モンスタークレーマー」という、頭のおかしい基地外が量産されたのだ。
ロクに法律の勉強もしたことない馬鹿が、「金払う側の方が優位なんだ、金もらう側はこっちの言うことに従うのが当たり前、従わないのはおかしい!」という歪んだ主張を繰り広げ、それを売り手側が受け入れ、頭のおかしいモンスタークレーマーが世にはびこることとなった。


狂ってるから。

別に、お金払う側が一方的に偉くて上、っていうことはない。
それは、ごくごく一部の百貨店が打ち出した、特殊で個別的な経営方針に過ぎない。

それがいつの間にか、あらゆる商売、売買契約にまで勝手に拡大解釈された、っていうのは、世の人間たちの大多数が、傲岸不遜で偉そうで傲慢で、思いあがって相手を下に見て見下して優越感に浸りたい、という実に自己中心的でわがまま勝手な欲求を持っているからに他ならないのだろう。


かように、人の心は醜い。
醜悪極まりない。


そんなクレーム処理に当たるワタシは、そんな人の心の醜さ、身勝手さ、自己中心性、わがままさ、傲慢さ……そういったものに直接触れて非常に不愉快になり怒り心頭に発すると同時に。
面白いな、とも思う。

他人の愚劣さに触れるというのも、また興味深いことでもある。
あのバカ女、最後には顔引きつりながらも、オレに向かって、あらかじめ用意してきたのであろう、文句の言葉を吐き捨てていきやがったし。
はいはい。

ま、捨て台詞とともに帰っては行ったけど、たぶん、オレのことはキライだろうな。
俺様、意外と傲岸不遜だから(笑)

てめぇごときがクレーム入れてきたからって、何もゆらがないよ。
文句あんなら、来なくていいんだからね。
いつ、その最後のカードを切ろうか?
とか思ってると、先方もそれを雰囲気で察するのか……?
当たり障りのない決まり文句を言って、去って行きやがりますね。


文句あんなら、いつでも来いよ。
あんまりうるせぇこと言ってっと、しまいには殺すからな?

そんくらいの気構えで、クレーマーには臨む。
別にそういうことを言葉に発したりは、決してしませんよ。
しかし、腹の底で「……このヤロ、しまいには殺すぞ? あぁん?」とか本気で思ってると(ワタシは本気で思ってます)、だんだん相手が、何かコイツ、ヤバいんじゃね? と本能的に察知して、勝手にビビッて去っていきやがります。


日本人の多くは、事なかれ主義で「自分、いい人!」っていうことにしておきたいような、怠け者で自分から動こうとしない無責任な輩が多すぎるからね。

ズルすぎる。


あのね。
何か事業を経営しようと思ったらね。
ぼくは悪にでもなる! っていう覚悟が必要。

ホントに悪じゃ困るけどさ。
バカからは悪だと誤解されても、正しいことをやり抜く覚悟はないとダメなんじゃないかな。

バカの言うことをいちいち気にして真に受けてたら、何も先に進まない。
それは今の、政府自民党にも言えること。
加計学園がどうたらこうたらとか。

何を今さら。

そんな八百長、日本の行政じゃ当たり前のことじゃん。
今ごろ、何を騒ぎ立てているのか。

答えを言うと、安倍政権が内閣人事局で官僚の人事権を握って「政治主導」を実現しようとしたところ、それに反発して官僚の権限を守ろうとした前川喜平が、安倍政権を陥れようと画策してマスコミにリークしたのが加計学園問題。

前川喜平は、別に正義のためにやったワケでもなんでもない。
ただ単に、官僚の既得権を守ろうとして、安倍政権に不利になるであろう情報をリークしただけに過ぎない。
官僚の既得権、とやらに、守るべき正統性があるのなら、それもいいかもしれない。

しかし、日本の政治や制度、法律を実質的に牛耳っているのは官僚で、政治家はただ表に出て矢面に立っているだけで、実際は何も決めてない。

国会はセレモニーのようなもので、実際には何も機能していない。

その辺の実態をまったく考慮しないで、安倍政権を潰せ! みたいに主張する左翼の低脳どもの言うことは、まったく現実から乖離した妄想でしかない。


安倍晋三が総理を辞職して、別な総理が就任したとしても、日本の政治・制度が大きく変わることは絶対にない。
本当に日本の政治や制度、法律を決めているのは、政治家じゃなくて、官僚たちだから。

官僚支配国家、それが日本という国。
でも、表立ってそれを言う人がすごく少ない、という辺りも、かなり異常な事態だと思う。


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テーマ : クラシック
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日本の雇用慣行が問題だ。

今月の10日から旅行に行って、今日、帰ってきた。
丸一週間ほど練習を休んだが、今夜、さっそく再開。

今までだと、旅行に行って帰ってくると、もう移動で疲れちゃって、なんつーか、こう、体の芯が気持ち悪いというか、内蔵が疲労しているというか。
練習なんて、出来るような状態じゃなかったんだが、今回はそれほどでもなくて。
少しは弾けるくらいに、余力が残って帰り着いた。
それがなぜなのかは、よく分からない……


それはそうと、曲は前回からの続きで、バッハの二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV1043の第一楽章。
まずは、ゆっくりと確実に音を取っていく。

もうこの時点で、前よりも弾き易い。
左手指に蓄積していた疲労が、取れているんですね。
一週間も休むと。さすがに。
んで、忘れる方よりも疲れが取れることの方が大きいようで、一週間前よりも、指が楽。
音を取りやすい。
前は、とにかく毎日練習する疲労が蓄積していて、ちょっと難しめの指使いになると指が痛くて、あと柔軟性も足りなくて、頭では正しい音が分かっていても指が行ってくれない、というジレンマがあった。
しかし、今日は脳内の音の通りに指が行ってくれる……

そして一通り練習し終えたら、またJenny Yun ちゃんの弾く2ndソロ(とピアノ伴奏)に合わせて弾いてみる。
なんと、今までで一番、よく弾けた。
合わせるのが難しかった箇所も、今日は一発で上手く合わせられたし、その他の部分も余裕で弾ける。
ちょっとだけ、3の指、4の指が追いつかなくてイマイチはっきりと音が出ない箇所があるものの、それ以外は今までで一番、上手く弾くことができた。

う~ん。
どうやら、左手指を適度に休ませることも重要っぽい。
まあ、休んでばかり、ではもちろん、ダメでしょうけど。
ガリガリ、ガッツリ、たっぷりと練習して疲労して、そして適度に休んで疲労を回復する。
このサイクルが、いいらしい。

なんか、こう、日本人っていうか、ある一定の年齢以上の人たちの心理の奥底まで染みついている悪習として、休んじゃいけない、とことんまで頑張り続けることが美徳、休むのはサボりで怠けで悪だっ! 常に全力で限界までやり切らなきゃダメ!! そうしないヤツは人間じゃねぇ! 非国民だっ!!
……みたいな、バカげた思い込みがありませんかねぇ?

コレ↑、完全に間違ってますよね。
最近、テレビや新聞等で問題になる、過労死とか学校の部活動のやり過ぎ。
電通で過労により自殺した事件がありました。
ああいうのも、何かこう、間違った強迫観念に、日本社会全体が支配されている結果、起こっているんじゃないか。
電通という会社だけを罰したところで、恐らく解決しないと思うぞ。
だって、電通だけじゃなくて、日本の会社の大多数が、同じような思い込みに支配されていて、変な強迫観念に捕らわれて、とにかく働け、働け、限界を超えて頑張る人が偉い人、それが出来ないヤツは勝手におちぶれろ、みたいな。

いや、もうそんなんで通用する時代はとっくに終わってますから。
人間が能力を発揮できるとき、っていうのは、そういう、強制されて恐怖支配されて、追い込まれて追い詰められたとき、ではないですから。
恐怖で強制されて頑張ったこと、というのは、所詮は恐怖支配なので、その恐怖がなくなったら、途端にやらなくなります、人間は。
だから、根本的に間違っている。
ただ、日本は恐らく、高度成長期にそういう恐怖支配が空気になって、やらないとダメな雰囲気というのが日本全体に浸透してしまって、仕事がないのに上司が帰らないから自分も帰れないとか、そういう理不尽で不合理な変な「空気の支配」というのが社会の隅々まで沁みわたった状態で「成功」を収めてしまったから、そこから脱却できなくなってしまっているんだと思う。

でも、高度成長期は終わり、今や平成大不況がいつまでもどこまでも続く状況だ。
しかし、電通みたいな大企業ほど、かつては通用していたメソッドから抜けられず、いまだに昔の恐怖の空気による支配で押し通していて、その結果、社員の自殺みたいな形でその歪みを露呈してしまう。
でも変われないんだ。

日本中の大企業が、ぜんぶ同じようなものだから、自分のところだけ変わる、っていうことができない。
だってあっちもこっちも、み~んなこういうやり方でやってるぜ? なんで俺ンとこだけ変えなきゃいけねぇ~んだよ。俺だけ変えたら、俺だけが損するじゃねぇか。変えられるワケね~だろっ!!
っていう状態に、日本中の会社という会社がことごとくはまり込んでしまっているんですね。
だから、日本経済はいつまで経っても回復しない。
いつまでもいつまでも、不況のまま。
そして、グローバル化する国際経済の中で、日本がどんどん取り残されて負けていく。

これは、法律やら制度やらを、国や行政がいじくって変えられるような、そんな生易しいものではない。
日本中に深く広く浸透してしまっている悪習だから。


新卒一括採用、っていう雇用慣行も、電通の過労自殺事件と密接に関係している。
なにしろ、一度でも会社を辞めたら、もう二度と同程度の待遇で雇ってくれるところはないんだから。
簡単に、自殺するくらいなら会社を辞めればよかったのに、という意見を言う人がいるが、日本の雇用慣行は、会社を辞めるという選択肢をそもそも許していないのである。

大学新卒時に就職しなかったら、一流企業には絶対に就職できない、という雇用慣行なのである。
一度でも中途で退職しようものなら、もうその後は、待遇で劣る会社しか雇ってくれるところはない。

新卒でつかみ取った一流企業の正社員という身分を守るためには、絶対に辞めないで定年まで勤めあげることが絶対条件なのだ、今の日本では。
だから、どんなに仕事がツラくても、辞めることができない。
根性があって将来を見据えるだけの知性を持ち、責任感のある人ほど、無理して仕事を続ける。
そして、自殺するまで追い込まれる。

これは、電通という一つの会社だけに責任を負わせて済むような、そんな簡単な話じゃなく、日本という国、全体に沁みわたってしまっている、悪い雇用慣行のせいなのであって、電通一社だけをスケープゴートにして罰してみたところで、解決するような問題ではないのだ、本当は。

でも、じゃあ、どうしろっていうんだよ!?
ってなると、これがまた非常に難しい。
新卒一括採用とかいう雇用慣行というのは、法律で決まっているようなことではないから、法律を変えてどうにかなるモノではない。
日本全体に沁み込んでしまっている「悪習」なので、それを意図的に変える方法が果たしてあるのかどうか、むしろないんじゃないか、と絶望的な気分にさせられるほど、難しい問題だと思う。


ただ、多くの人がそこに気づく、というのがまずは第一歩だと思うので、大した影響力もないこんな零細ブログでも、ちょっとは書いておくことで微弱ながら影響があるかなぁ~、と願いつつ。

あれ、こんな話するつもりじゃなかったんだけどなぁ。


とりあえず、明日からは、旅行についての話でも書き連ねていきましょうか……あるいは書かないか。


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テーマ : クラシック
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コンクールに見るスパルタ式音楽教育。

孫のRちゃんは、ピアノも習っている。
そして、ちょっと某コンクールに参加してきた。


まあ、参加した、とは言いましても、前から言っているとおり、ちょっとぶきっちょで基礎的筋力が足りてないので、テクニック的にどうしても脆弱なところがあり、ミスタッチが出てしまって入賞はできませんでしたけども。

でも、審査委員長はかなり慧眼の持ち主だったらしい。
ウチでは、あまり厳しく超絶スパルタで完璧に弾けぇっ!! ……というような指導はしていなくて、音楽っていうのはそもそも、楽しいもの、感動するもの、心に沁みるもの、だからやるモノだ、という位置づけ・スタンスでやってます。


入賞は逃したものの、そこら辺は、見る人が見るとちゃんと伝わるんですね。
ミスタッチで入賞はできなかったけども、音楽的な面では、すさまじくお褒めの言葉をいただくことができた。

ちゃんと、分かる人にはわかるんですね。


しかし、問題は(?)他の参加者の子たちでした。
娘(ママ)が言うには、ものすごく、凄まじく厳しいピアノの先生が来ていたらしいんです。
その先生の生徒が、何人か参加していた。

ところが、その先生というのが、見た目は綺麗系なんだけども、とにかくとんでもなくキツくて、厳しいというか、何というか。
まず、「誰か一人でも入賞しなよ!」的なことを子どもたちに言っていたという。
いや、まだ小さな子どもたちですよ?
入賞する、しないは、本人の責任というよりは、指導者(先生)や親の責任なんじゃないの。

だからこそなおさら、なのでしょうか。
その先生についている親すらも、その先生と同じスタンスで子どもに接していて、本番でついつい、弾き損じて弾き直ししてしまった子がいたんですね。
そしたら、その母親が、もう般若のような形相でその子を睨みつけていたのだそうです。
たぶん、会場を後にしてから、猛烈な勢いで怒られたに違いありません。
可哀そうすぎる……

いや、それでうまくなるんなら、それでもいいですけど。
恐らく、100%、うまくならないでしょう。

むしろ、委縮しちゃって、恐怖におびえて、ますます、ピアノが嫌いになるに違いない。
ピアノは恐怖の対象でしか、なくなる。

完全に、親も先生に洗脳されて、先生のやり方・指導法に感化されて、それで子どもに接してしまっている。


娘(ママ)が言うには、その先生の生徒の子たちは、お辞儀の仕方にかなり独特の特徴があって、まるでオペラ歌手か? ってな感じの、妙に気取った変な頭の下げ方をしていたらしい。
他の子は、ただ普通に礼をするだけなのに。

娘(ママ)としては、その礼の仕方も鼻持ちならなくて気に入らなかったらしいけども。

その先生の生徒たちの演奏は、ワタシも聴きましたが、たしかに立派に、間違えず完璧に弾いてはいるのです。
でも、面白くもなんともない。
つまらない。
感動しない。
魅了されない。

そんなもの、音楽と呼べませんよね。

審査委員も、その辺は当然ながらよく分かるらしく、その先生の生徒は一人も入賞していなかったそうです。

公正な審査で、良かった……

でも今ごろ、そのピアノの先生は、一人も入賞しなかったのはすべて、生徒の子たちが不甲斐ないせいだ、お前たちがだらしないから、こんな残念な結果になったんだ! 反省しろっ!! とばかりに、子どもを猛烈に責めていることでしょう。

いや、違うから。
お前の指導法が、根本的に間違ってるせいだから。
親も、そんなバカ先生に感化されてないで、もっと真実に気づけよ。


結局、完璧に間違えず弾け! というスパルタ指導の下では、そうやってミスする子が出てしまうし、審査委員にもアピールするものが何もない、無味乾燥でつまらない、ありきたりの誰でもできる、棒読み演奏しか、できないのだ。

それに、まったく気づいていない。
自分のやり方が、絶対的に正しいのだ、と信じて疑っていないのですね。
馬鹿すぎますね。

娘(ママ)が言うには、その先生の生徒たちはみんな、ネガティブでびくびくおびえていて、とても音楽をするような雰囲気ではなかった、とのことです。


完璧に、間違っていると、ワタシなんかは思う。
そもそも、音楽はコンクールのためにあるワケでもなんでもありません。
コンクールというものがこの世からなくたったとしても、音楽だけは、あり続けるのです。

これは、漢字とか数学が、テストのためにあるワケでも何でもない、というのとまったく同じ。

テストなんていうものがなくなたって、漢字も数学も、この世にはあり続けるし、有効性には何の毀損もないのです。


音楽の本質は、結局は、聴く人に楽しんでもらう、ってのがその存在意義であって。
別に、コンクールで入賞することが、音楽の存在意義でもなんでもない。

そんなものは付随した、ついでみたいなものであって、音楽の本質、存在意義とは、まったく無関係。

ただ、「コンクール入賞!」っていう肩書が必要とされる場面があるとするならば、それはやっぱり客を集めるための権威づけですよね。
コンサートを開く、あるいは教室を開く、というときに、お客さんをどれだけ集められるか? っていうのが懸かっている場面で、○○コンクール優勝! とかいう華々しい肩書があれば、それにつられて寄ってくるお客さんが何人かはいるでしょう。
そのため、ということなら、それなりに意味があるのかもしれない。

しかし。

何々コンクールで優勝しました、とか、そんなような仰々しい肩書を持っていたとしても、実際の演奏がつまらなかったら、コンサートにお客さんは来ません。
だって、チャイコフスキーコンクールだとか、何だとか、毎年開かれているんでしょう?
でも、その優勝者が日本で有名になることなんて、ほとんどないじゃないですか。
あ、辻井伸行がいましたね。
でも、彼くらいなもの。
他にも、毎年毎年、優勝者、入賞者は出ているハズなのに、誰も有名にはならない。

生徒を集めるにしても、肩書に惹かれて集まってきたとしても、実際に人を指導する技量が欠けていれば、人は離れていく。

逆に、いかなるコンクールにも入賞したことがなく、そんな肩書は何もない、としても、演奏が面白くて魅力的であれば、おのずと人は集まるでしょう。


音楽の本質と、コンクールは、直接的につながってはいないのです。
ただ、マーケティングの際に箔が付く、というか、対外的にアピールできる宣伝文句に使える、という程度のもの。


そんなもののために、子どもを恐怖で支配して、完璧に間違わずに弾くことを強要し、それができなかったら般若のごとき形相で烈火のごとく怒る。
子どもは、恐怖から逃れるために仕方なく、いやいや、しぶしぶピアノに向かう。

そんなんで、その子どもが、聴衆を楽しませる、感動させる、心にジンと来る、そんな演奏が出来る奏者に育つのでしょうか???

育つハズも、ありゃしません。

しかし、それでも、まだまだ、そんな強権的な、恐怖支配のおよそ非音楽的な、変なスパルタ音楽教育がはびこって、それを支持して洗脳されている親がいて、そんな親と教師の下で無理やり強制的にピアノを弾かされている子どもがいて、そんな子どもたちが、実際にはクソ面白くもないつまらない演奏を繰り広げ、そしてコンクールではことごとく落選させられている、という現実は、今でも根強く残っているのを垣間見たのであった。



実に嘆かわしい現実である。




孫のRちゃんは、今回の失敗を教訓にして、さっそく、完璧に弾くにはどうすればいいか、ワタシのレッスンを受けて、ものすごくやる気になっている。
これだけでも、今回、コンクールで入賞を逃したのは、いい経験だったと言える。
すべて、無駄な経験などというものはない。

コンクールで入賞できなかった。
恐らく、上で述べた強権的な先生なら、それは自殺ものの大失敗で、極大叱責ものの大不祥事なんだろう。

でもそれは明らかに間違い過ぎ。
あらゆる失敗、不成功は、次につなげるための教訓である。

今回はうまく行かなかった、それならば、次にどうすればよいのか?
それを考え、粛々と実行に移す。

ただ、それだけである。
子どもには何の責任もない。
指導者たる先生、そして親等(祖父母含む)の対応の仕方を考えるべき案件であって、子どもの責任にしている場合ではない。

子どもの責任にして逃げる、というのは、ずるくて卑怯極まりない、大人のエゴである。
そういうの、この世から撲滅した方がいいよ。

いやいや、マジで。



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飲酒でがん発症!?

飲酒でがん発症のリスクが高まる、という調査結果があるらしい。

飲酒によるがん死者、2012年に36万人 国連機関調査

これだけ見ると、飲酒→がんになる→死ぬ、という風に思えてしまうけど、本当にそうなのかねぇ?
よく読むと、統計的に、飲酒をする人としない人のがん発症率を調べて、飲酒する人の方が発症率が高かった、という結果を得た、というだけの話だったりする。

まあ、飲酒する人の方が、しない人よりがんの発症率が高かった、というのは事実なんでしょう。
しかし、これをもって飲酒ががんの原因だ、と断じることはできないわけです。
よ~く読むと、「その発症機構については『正確には分からない』という」などとも書かれています。

統計的には飲酒する人の方ががん発症率が高かったけども、飲酒がなぜ、どのようにがんの発症と関わっているのか、飲酒ががんを誘発するメカニズム、正確な因果関係までが解明されたわけでも何でもない、ということになります。


ここらへんが、医学のウソであります。
鵜呑みにしない方がいい。


ワタシが思うに、飲酒する人、っていうのはワタシも含めてですが、多くがストレスを抱えていることが多いと思う。
やっぱり、いやなこととか、きつい現実とか、そういうのを紛らわすためにとりあえず飲酒しておく、という人は多いんじゃないかな~(この辺はただの印象だけど)。

そうすると、がんを発症する原因というのは、飲酒じゃなくてその前のストレスにあったんじゃないの? という疑問が生まれるんですね。


っていうか、ワタシなんぞは、がん発症の原因はストレスが100%だろ、と考えていますけどね。
ストレスが、がんの最大の原因。

で、ストレスを抱えている人は、飲酒したり、喫煙したりする率も高い。
だから、本来の原因であるストレスがスルーされて、飲酒や喫煙ががんの原因だ! などと言われちゃってるだけなんじゃないか。
そのように疑っております。
医学って、案外アテにならないところありますからね。


人間の寿命を縮める一番の原因は、不摂生や生活習慣とかよりも、ストレスが最大にして唯一のものだと、ワタシは考えている。
だから、フィンランドの調査研究で、医者の言うとおりに生活習慣を改めて生活したグループと、そんなことしないで好き勝手に生活していたグループを追跡調査して寿命の長さを比べたところ、なんと、後者の好き勝手グループの方が長生きだった、という、なんとも不都合な結果が出てしまったらしいじゃないですか。


出典は近藤誠著『「余命3か月」のウソ』




結局、医者からあれダメこれダメ、あれしろこれしろ、と言われるのを我慢して頑張ってやったら、そのストレスで寿命が縮んだわけですね。

飲酒ががんの原因だっ! → 飲酒を控えよう
その結果、断酒のストレスでかえってがんになる、ということは十分にあり得ます。
とはいえ、過度の飲酒はがん以前に肝臓をダメにしますからな……
そっちで死ぬかもしれませんけどね。


まあ、それはともかく。
日本人の多くは、医者信仰が強すぎます。
ちょっと風邪ひいたら、すぐ医者に行く。

海外では、風邪ひいたくらいで気軽に医者には行かないらしいじゃないですか。
家で治るまで寝てることが多いそうで。

何しろ、風邪を治す薬というのはこの世に存在していない、と言いますしね。
あれは症状を緩和しているだけで、治してはいないのだとか。
治るのは、結局最終的に人間自身の体が持っている自然治癒力で治っている。
じゃあ、薬はなんだったの(笑)
逆に体に負担かけて、寿命を縮めていることが多い。

だからって、薬を全否定するのもまた間違いで。
緊急を要する、すぐに症状を緩和しないとやばい状況もあるわけでして、そういうときは使うのもやむを得ない。
しかし、今の日本みたいに、何でもかんでもすぐ薬、風邪ひきゃあ薬、お薬出しておきますね、これは明らかにおかしい。

そしてそれを真面目に飲んで、逆に副作用でおかしくなってる患者もダメすぎでしょ。


糖尿病、ってのがある。
あれ、血糖値を下げる薬、ってありますよね。


あの薬を、医者の処方どおりに真面目に毎日欠かさず飲み続けたら、どういうことになるのか。
血糖値を下げるのを、薬に頼って、薬に下げてもらっていたら、体が本来持っていた血糖値を下げる機能は、ますます衰えてしまいますよね。

だから、薬を飲めば飲むほど、どんどん血糖値を下げる力が弱まって、病状は悪化していく。
やがてインシュリン注射、合併症、足を切断だとか透析だとか、ますます医者が儲かるという仕組みですよ。


便秘だって同じ。
便秘薬に頼って出していると、ますます自分で排便する機能が弱まって、薬に頼らなければ出ない体になっていく。

それって、ますます病状が悪化しているわけです。

薬っていうのは、病気を治すものではないのです。
頼ってばかりいたら、ますます自然治癒力を弱体化させ、病状を悪化させる代物なんですな。


そんなものを有り難がって毎日欠かさず飲む患者、ってのも、頭悪すぎるのでもっと医学の何たるかを学ぶべき。
医学のウソに、多くの人が騙されている。
騙す方も悪いけど、騙される方も同じように悪いです。

無知は罪なんです。

自分の体を壊すだけじゃなく、家族にも迷惑を掛けますからね。

まあ、大した影響力もないこんな零細ブログで吠えても、あまり意味ないんですけどね。



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テーマ : クラシック
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ばっかバッハ

Author:ばっかバッハ
ヴァイオリンを習い始めたのは16歳くらい。
それから30年以上の歳月が流れ…今ではアラフィフ。
年齢とともに楽器を弾くのが辛くなってきたので、ゲームで遊ぶことも。

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