飲酒でがん発症!?

飲酒でがん発症のリスクが高まる、という調査結果があるらしい。

飲酒によるがん死者、2012年に36万人 国連機関調査

これだけ見ると、飲酒→がんになる→死ぬ、という風に思えてしまうけど、本当にそうなのかねぇ?
よく読むと、統計的に、飲酒をする人としない人のがん発症率を調べて、飲酒する人の方が発症率が高かった、という結果を得た、というだけの話だったりする。

まあ、飲酒する人の方が、しない人よりがんの発症率が高かった、というのは事実なんでしょう。
しかし、これをもって飲酒ががんの原因だ、と断じることはできないわけです。
よ~く読むと、「その発症機構については『正確には分からない』という」などとも書かれています。

統計的には飲酒する人の方ががん発症率が高かったけども、飲酒がなぜ、どのようにがんの発症と関わっているのか、飲酒ががんを誘発するメカニズム、正確な因果関係までが解明されたわけでも何でもない、ということになります。


ここらへんが、医学のウソであります。
鵜呑みにしない方がいい。


ワタシが思うに、飲酒する人、っていうのはワタシも含めてですが、多くがストレスを抱えていることが多いと思う。
やっぱり、いやなこととか、きつい現実とか、そういうのを紛らわすためにとりあえず飲酒しておく、という人は多いんじゃないかな~(この辺はただの印象だけど)。

そうすると、がんを発症する原因というのは、飲酒じゃなくてその前のストレスにあったんじゃないの? という疑問が生まれるんですね。


っていうか、ワタシなんぞは、がん発症の原因はストレスが100%だろ、と考えていますけどね。
ストレスが、がんの最大の原因。

で、ストレスを抱えている人は、飲酒したり、喫煙したりする率も高い。
だから、本来の原因であるストレスがスルーされて、飲酒や喫煙ががんの原因だ! などと言われちゃってるだけなんじゃないか。
そのように疑っております。
医学って、案外アテにならないところありますからね。


人間の寿命を縮める一番の原因は、不摂生や生活習慣とかよりも、ストレスが最大にして唯一のものだと、ワタシは考えている。
だから、フィンランドの調査研究で、医者の言うとおりに生活習慣を改めて生活したグループと、そんなことしないで好き勝手に生活していたグループを追跡調査して寿命の長さを比べたところ、なんと、後者の好き勝手グループの方が長生きだった、という、なんとも不都合な結果が出てしまったらしいじゃないですか。


出典は近藤誠著『「余命3か月」のウソ』




結局、医者からあれダメこれダメ、あれしろこれしろ、と言われるのを我慢して頑張ってやったら、そのストレスで寿命が縮んだわけですね。

飲酒ががんの原因だっ! → 飲酒を控えよう
その結果、断酒のストレスでかえってがんになる、ということは十分にあり得ます。
とはいえ、過度の飲酒はがん以前に肝臓をダメにしますからな……
そっちで死ぬかもしれませんけどね。


まあ、それはともかく。
日本人の多くは、医者信仰が強すぎます。
ちょっと風邪ひいたら、すぐ医者に行く。

海外では、風邪ひいたくらいで気軽に医者には行かないらしいじゃないですか。
家で治るまで寝てることが多いそうで。

何しろ、風邪を治す薬というのはこの世に存在していない、と言いますしね。
あれは症状を緩和しているだけで、治してはいないのだとか。
治るのは、結局最終的に人間自身の体が持っている自然治癒力で治っている。
じゃあ、薬はなんだったの(笑)
逆に体に負担かけて、寿命を縮めていることが多い。

だからって、薬を全否定するのもまた間違いで。
緊急を要する、すぐに症状を緩和しないとやばい状況もあるわけでして、そういうときは使うのもやむを得ない。
しかし、今の日本みたいに、何でもかんでもすぐ薬、風邪ひきゃあ薬、お薬出しておきますね、これは明らかにおかしい。

そしてそれを真面目に飲んで、逆に副作用でおかしくなってる患者もダメすぎでしょ。


糖尿病、ってのがある。
あれ、血糖値を下げる薬、ってありますよね。


あの薬を、医者の処方どおりに真面目に毎日欠かさず飲み続けたら、どういうことになるのか。
血糖値を下げるのを、薬に頼って、薬に下げてもらっていたら、体が本来持っていた血糖値を下げる機能は、ますます衰えてしまいますよね。

だから、薬を飲めば飲むほど、どんどん血糖値を下げる力が弱まって、病状は悪化していく。
やがてインシュリン注射、合併症、足を切断だとか透析だとか、ますます医者が儲かるという仕組みですよ。


便秘だって同じ。
便秘薬に頼って出していると、ますます自分で排便する機能が弱まって、薬に頼らなければ出ない体になっていく。

それって、ますます病状が悪化しているわけです。

薬っていうのは、病気を治すものではないのです。
頼ってばかりいたら、ますます自然治癒力を弱体化させ、病状を悪化させる代物なんですな。


そんなものを有り難がって毎日欠かさず飲む患者、ってのも、頭悪すぎるのでもっと医学の何たるかを学ぶべき。
医学のウソに、多くの人が騙されている。
騙す方も悪いけど、騙される方も同じように悪いです。

無知は罪なんです。

自分の体を壊すだけじゃなく、家族にも迷惑を掛けますからね。

まあ、大した影響力もないこんな零細ブログで吠えても、あまり意味ないんですけどね。



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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

左翼の本質は攻撃衝動・闘争本能

日本共産党とか民進党、朝日新聞といった左翼の人たちは、本当にクソでカスだな、と最近すごく思う。


スポーツとか、ゲームとか、なんでも、「戦って相手を倒す!」という要素のあるものに、世の中の人は夢中になりますよね。
けっきょく、そういう「戦って相手を倒す!」ってのが、多くの人は好きなんですね。
まあ、俺もだけどさ。


でも、現実にたとえば隣の人を、いきなり殴り倒したりしたらこれは問題で、犯罪行為になってしまう。
そこで、そうした攻撃衝動・闘争本能を合法的に満足させる手段として、スポーツとかゲームがあるのかな、と思うワケです。


で、タチの悪いのが先に挙げた左翼の人たちで、この人たちは、「安倍首相は悪」「安保法制は戦争法で絶対悪」「原発も悪」と言う風に攻撃対象を「悪」に仕立て上げ、それを攻撃することで「自分たちは悪を攻撃している。それは正義だから正しい行いなのだ!」と自分を正当化して、自分たちのウチに潜む攻撃衝動・闘争本能を満足させようとしているんですね。

冷静に見てみれば、阿倍内閣がそんな極悪きわまりない非道な集団であるハズがないし、安保法制もその中身は全然戦争法でもなんでもないし、原発にしてみたところで、福島の事故では放射能による被害は思ったほど大きくなかった上にその他の原発の災害対策だってこれでもかというくらいに入念に微に入り細に入りお金を掛けてやり過ぎるくらいにやっている。

左翼の人たちが描き出すような、極悪な倒すべき悪人ていうのが、本当にこの日本にいるのかな? と思って冷静によ~く見てみると、そんな極悪人なんて、実際には存在していないことに気づくんですね。

左翼の人たちは、ただ「極悪人」をねつ造して仕立てあげて、「悪を攻撃するのは正しい行為だ」と自らを正当化して、とにかく自分の「攻撃衝動・闘争本能」を満たそうとしているだけにしか、見えない。

いったい、日本共産党とその下部組織等が描き出すように、自民党はそんなに極悪な集団なのだろうか。
日本共産党が描くように、自民党のせいで日本は、ものすご~く住みにくい、ヒドい劣悪な国になったのだろうか??

なってませんよね。
むしろ、高度経済成長によって豊かになったときに政権を取っていたのは自民党で。
今は大不況になっちゃったけども。
まあ、それでも、他国にくらべたら、まだ日本は住みやすい国なんじゃないだろうか。
別に、日本、嫌いじゃないですよ、わたしは。

むしろ、左翼の人たちが日本を住みにくく、経済的弱者をますます追い詰めている、という事実があるのに、気づいていないのだろうか?

左翼の人たちって、基本的に原発反対ですよね。
そのせいで、日本中の原発が停まっている(2基ほどを除いて)。

先の熊本地震のときだって、近くにある川内原発を停めろ、とか主張していた。
原発が停まっているせいで、何が起きているのか、分かっているのか。
分かっているのに、知らないふりをしているのか。

原発が停まっているせいで、代わりに火力発電を動かすことにより、その燃料費(原油とかLNGですね)が莫大に掛かっているという事実がある。
その額、1年に約3兆円程度である。
そんな莫大な額の損失を電力会社がかぶっている。
そして、それは電気料金の値上げとして私たち一人ひとりのふところを直撃しているのである。
これは、経済的弱者、所得の低い人ほど、重い負担となってのしかかっているハズだ。

結局、左翼の人たちというのは、弱者の味方、正義の味方、みたいな顔をしてそのような主張をしてはいるが、その実態は、上で見たように逆に弱者に負担を押し付け、弱者を追い詰めるようなことをしているのである。

反原発の人たちが描くように、原発というのはそんなに極悪非道な発電施設なのか?

俺には、ただ「悪」をこしらえ上げて、それを叩くことで自分こそ正義! と正義ヅラしたいだけにしか見えない。
ほんとうに日本を良くしよう、庶民の暮らしを良くしよう、などとは、本気で考えてなどいない。
結局、阿倍政権や自民党を叩くための材料にしているだけなんだな、まったく胡散臭い連中だ、としか思えないのである。

この日本に、そんな倒すべき「絶対悪」なんて、存在していない。
正直、左翼の人たちは、ジャンプの漫画とか、戦隊ヒーローものとか、プリキュアとかの観すぎなんじゃないの?
そこには、分かりやすい倒すべき「絶対悪」が登場する。
そしてその「悪」を華々しく倒す「正義」がある。

そういうお子様向けの童話・神話が、現実世界にもあると思い込んでるんじゃないの。
幼稚すぎるよ。
そんなのは漫画の中だけの世界の話で、現実の世界に、そんな「絶対悪」なんて存在してないよ。
空想と現実の区別もついていない、精神的幼児が、左翼に走るということだ。

ネット上で何かと話題の「五寸釘ほなみ」や「SEALDs」といった人たちは、まさにその典型例。

彼らの暴力的な言説、まさに「言葉の暴力」は、その行動原理が「攻撃衝動・闘争本能」に基づいたものでしかないということを如実に物語っている。


追記:日本共産党は、経済的弱者の味方のような主張をしている割には、選挙になるとその経済的弱者から「選挙カンパ」と称して選挙資金を搾り取っている。むしろ極悪なのは、左翼の方だと思う。

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高嶋ちさ子ゲーム機破壊の補足

さっきの記事に補足。

アル中の人から、酒を取り上げたら虐待なのか?
シャブ中の人にシャブ抜きするのは、虐待なのか。

ゲーム中毒の子どもからゲームを奪うのは、虐待ではないだろう。
やり方が激越だっただけで、その目的は十分に教育的であると思うし、愛情に基づいた行為だと俺は思う。


実は、ウチでも、孫のRちゃんが一時期、3DSに目覚めてしまったことがあって……
どうしても、妻(ばーば)が甘くて、やらせちゃったから、覚えちゃった。
そうしたら、四六時中、ゲーム、ゲーム、と言うようになってしまって、ママ(娘)が非常に危機感を募らせまして。

なぜなら、保育園の同級生に、朝からゲーム、家に帰ると夜もゲーム、とゲーム漬けの子がいまして、その子がもう、保育園ではただひたすら、ぼーっとしていてお遊戯もできない、音楽会でも何もできない、読み書きもロクにできない、という有様だったものだから。

本来だったら、もっと家族との間での触れ合いを通じて、学んだり身につけること、あるだろうに……

んで、いろいろあって(大喧嘩とか、責任のなすりあいとか、醜い大人の抗争(笑)、笑いごとじゃねーよ)、結局、ゲーム封印、となった。
まあ、孫の目の前で破壊、とかはなかったけど、なぜかそういうのが問題になってきたタイミングでちょうど、ぼくがついうっかり、3DSをコンクリートの上に手をすべらせて落下させちゃってね。
意図はなかったんだけど、無意識に「これは無いほうがいいのかも」という気持ちから、手をすべらせちゃったのかもしれない(フロイト的解釈)。

んで、見事に折れ目から真っ二つに(笑)
まあ、すぐにニンテンドーに送って修理してもらったけど、結局、ないことになっていて、ぼくも返送されてきた箱から出す気も失せ果てて、開封もしないで事務所の隅っこに転がったままだよ。

ゲームなんてなくたって、人間は生きていけるんだよ。
ゲームはコミュニケーションツールだ! なんて言ってるヤツは、すでにゲーム中毒に罹患してんじゃないの、かなり重度の。

ゲームがコミュニケーションツールだとしても、それ以前に、コミュニケーション自体をゲームから学んだり身に着けることはできないでしょ。

ゲームの前に、まずは家族や、友だちやらと、直接顔を合わせて言葉を交わす、というところからコミュニケーションを学ぶ。身に着ける。
その後で、ゲームを介したコミュニケーションも成り立つよ、という順番で来るんじゃないの?

あの赤木って人、本当にマトモにモノを考える脳力あんのか?
バカなの?

あ、やっぱゲーム中毒だから、もうマトモな思考力がマヒしてんだね。
そんな人が、偉そうにフリーライターだかブロガーだか知らねぇけど、BLOGOSとかで大々的に情報発信しないでほしいもんだな。
物事をよくわかってない人が、真に受けて信じるじゃないか。
っていうか、ネット上の言説を見る限りだと、どいつもこいつも赤木と同レベル、同思想で、反吐が出る。
もっと違う意見、ねーのかよ?

つーことで、黙ってられなかったので、書いてみた。

あ、あと、ゲーム機を破壊された報復として、高嶋ちさ子のストラディヴァリウスを破壊してやれ、みたいな激越な意見を述べてるバカもいたけど、ゲーム機一つとストラディバリウスじゃあ、価値が全然違うし。

ゲームをいくらやっても、誰もほめないし、何の役にも立たない。社会的に。
しかし、ヴァイオリンやピアノといった楽器に習熟するというのは、人前で演奏して、聴き手を楽しませたり感動させたり、場の雰囲気を盛り上げたり、社会的に有用性があるのである。

だから、ゲーム機とストラディヴァリウスを同列に論じることはできないし、同列に論じてる時点で社会経験が著しく不足しているんだろうしマトモな一般常識もない、ということがうかがえる。

そんな馬鹿みたいな言説を、真に受けて信じる人がいないことを切に願うばかりである。

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テーマ : クラシック
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高嶋ちさ子さんゲーム機破壊事件

(かなりの長文注意)
疲れているのだが、ちょっと見過ごせないので書いておく。

ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんが、息子のニンテンドー3DSを破壊した、とかで、これを子どもに対する虐待である、として批判する声があちこちから上がっている模様。

ゲーム機なら壊してもいいのか

子どものゲーム機破壊して批判殺到云々

日本人の知性もここまで劣化したか、と背筋が寒くなると同時に非常な危機感を覚えた。

私自身、ゲームはさんざんやってきたからよ~く分かる(つもり)だが、ゲームには明らかに「常習性・中毒性」がある。

それは、酒やタバコ、覚醒剤と同じである。
ただ、それらと違うのは、体外から何らかの麻薬物質を摂取する訳ではないから、体への害悪が大してない(目は悪くなるかも)という点だ。

しかし、ゲームは脳内麻薬の分泌を促し、脳内麻薬中毒にさせる効果が、確実にある。

その辺は酒となんら変わるところはない。

子どもが酒を覚えて、四六時中「酒をくれ、酒をくれ」と言って、他のことはせずに酒ばかり飲んでいたら、どうなのだろうか。
それは、異常事態ではないのか。

それなのに、子どもがゲームの面白さ(脳内麻薬の分泌)を覚えて、四六時中「ゲームしたい、ゲームしたい」と言っていて、実際に他のことはやらずにゲームばかりやっていたとしたら、それは異常事態ではないのか?
子どもは楽しんでやっているから、それは「いいこと」なのだろうか。

子どもは、大人になるために、身につけなければいけないこと、知っておかなければいけないこと、経験しておかなければいけないことが、たくさんあるハズだ。
人と会話・対話してコミュニケーション能力をつける、社会常識を身に着ける、大人として知ってて当たり前の知識・技能を習得しておく。
これらのことに費やされるべき時間が、ただひたすらゲームをすることだけに浪費されて、人と会話もしない、知識も身に着けない、何もしない、そのまま大人になったら、どんな人間になっているのだろうか。
ロクにコミュニケーションも取れない、社会性ゼロの、一般常識もない、仕事など当然できるハズもない、引きこもりのニートになる以外、道がなくなるのではないのか。

赤木智弘とかいうこのフリーライターとやらは、「ゲームはコミュニケーションツールだ、それを親が奪うのは虐待だ」と批判しているが、あまりに一面的で一人よがりすぎる。

酒を例にとってみると、仲間で集まってワイワイ飲む酒はコミュニケーションツールだろう。
しかし、アル中が一人で飲む酒は、コミュニケーションとは全く無関係である。
ゲームも同様で、確かに友だちや家族と集まって会話しながらワイワイゲームをやっているのはコミュニケーションツールとして機能しているだろうが、一人で誰とも喋らず、もくもくとただひたすらゲームばかりやっていたら、それはコミュニケーションとは無関係である。

ゲーム=コミュニケーションツール、という主張は、あくまで運用次第という話であって、ゲームなら何でも即、すべてがコミュニケーションツールで「善」である、ということにはならない。
ゲームは、コミュニケーションツールとして運用した場合にだけコミュニケーションツールになるのであって、そうならない場合もかなり多い。

実際、友だちがおらず、一人でただもくもくとゲームばかりやっている子ども、というのが、実際にいる。
そういう子どもを前にして、「ゲームはコミュニケーションツールだ云々」という主張は成り立たない。
赤木は、自分の経験だけを例にだして、世の中の子どもの実態を全く見ていないことが、この一点のみからでも分かるというものだ。


さて、そのように「常習性・中毒性」を持つゲームであるが、子どもというのは、自分の選択に責任をまだ持てない存在である。
自分の選んだ行いが、後になってどのような結果をもたらすか、あらかじめ考えて行動を選択することが、まだまだできない。
だからこそ、子どもには飲酒や喫煙が禁止されているのではないのか?
子どもが、酒に酔うことを覚えてしまったら、まだ自制ができない年齢のこと、際限なく飲んで本物のアル中になってしまうだろう。
実はゲームにも同じことが言える。
本来、まだ未熟で社会性も未発達な年齢で、脳を発育させるために様々な刺激や経験を必要としている段階にあるハズの子どもが、あろうことかゲームの面白さを覚えてしまって、脳内麻薬の分泌に溺れ、その発育・発達に本来は必要であったハズの経験や修練を経ることなく、ただいたずらに年齢だけを重ねて体だけ大人になってしまうことの恐ろしさを、子ども自身は考えて自制することができないのである。

自分の将来に考えを至らすこともできず、ただ目先の快楽に溺れてしまうのが、子どもである。
それを、子どもがやりたがっているから、子どもが楽しんでいるから、というだけの理由で、みすみす大人になるために必要な修練をする機会を逃させるのであろうか?
平気で?

本当は、大人がゲームを制限すべきなのではないのか。
それを、大人の制限を守れずに勝手にゲーム機を取り出して、ゲームに興じている(脳内麻薬に酔っている)姿を見かけたとするならば、ゲーム機破壊もやむなし、なのではないのか。

私は、高嶋ちさ子さんのやり方は、激越ではあるけれども、少しも間違ってるとは思えないし、むしろ正しいと思う。
子どもが本来、その発育のために使われるべき時間を、ゲームという無為な(有害ですらある)行為から遠ざけ、子どもを守ったのである。
それは彼女なりの愛情であったのだと思う。

そもそも、子どもにただのべつまくなしにゲームをやりたいだけやらせて野放図にしてる状態というのは、子どもの発達する機会を奪っているということである。
本来であれば、他者とのコミュニケーションであったり、知識や技能の習得に向けられるべき時間を、ただゲームだけをして過ごすことでそのような機会を逃して、脳が十分に発達しないまま体だけ大人に(頭は幼稚なまま)なってしまったとしたら、それこそ、子どもの教育を受ける権利の侵害、親は教育を受けさせる義務に違反、まさに、ネグレクトと呼ばれる「虐待」に他ならないのではないのか(憲法違反です。罰則はないけどネ))。

子どもにゲーム機(多くは3DS)を持たせている親は数多い。
子どもがゲームに夢中になっていれば、その間、子どもの相手をせずに済み、親は楽できるだろう。
しかし、親子の対話、コミュニケーションをすっ飛ばしてさぼったツケは、後で必ずやってくる。
後になって、息子が引きこもりのニートになったとしても、文句は言えない。

そもそも、赤木のような「子どもがやりたがっていることをやらせるのが子どものため」みたいな、短絡的な思考が日本中に蔓延したことが、今日の教育の崩壊・荒廃を招いているのではないのか。

教育とは、しばしば子どもにとっては有り難くない、辛いことを強いることであることがある。
子どもは、そのときは「いやだな」と思って親や教師を恨むかもしれないが、後になって、もっと大きくなってから、「いや、あの時のおかげで、今の自分があるんだ」と気付けるときがくるものである。
高嶋ちさ子さんの息子にしても、今はゲーム機を破壊されて、遊び道具を奪われて母親を恨んでいるかもしれない。しかし時が経って、もっと大人になったときに、あの時にゲーム機を破壊してくれたおかげで、今の自分があるんだ、と実感するときが、必ず来るはずである。
来なかったら、その息子、ただのDQNだと思う……


ゲーム機を破壊された子どもを「かわいそう」などと同情する声もあるようだが、むしろ逆で、大事な子ども時代にゲームばっかりやらせてて、もっと大切なことをしないまま時を無為に過ごして、社会性のないクソ人間に育ってしまう方が、よっぽどかわいそうだ。


どうして、日本の教育を考える思想的基盤が、目先の子どもの快楽を最優先するのが子どものため、などという短絡的な、近視眼的な馬鹿げたものに成り下がってしまったのだろうか
こういう思想が、引きこもりニートを多数生み出した元凶なのではないのか?


人間というのは、辛いこと、いやなこと、苦しいこと、そういったものに耐えて、乗り越えて鍛えられないと、社会で通用しないし使い物にならない。
ところが、教育現場では、子どもが嫌がること、つらいこと、苦しいことは、子どもから遠ざけて、楽なこと、楽しいこと、子どもがやりたがることばかりをやらせましょう、というような風潮になっているように見える。

そんなお花畑で育てられた子どもが大人になって、会社に入って仕事できるわけねーだろうが。常識的に考えて。

そんな簡単なことすら、誰も分からなくなってしまったのだろうか、この日本という国は?

高嶋ちさ子さんの教育は、他の家庭にくらべたら激越なところがあるのだろうが、決して虐待などではない。
むしろ、きちんと教育しようとしている立派な母親だと、俺は思う。

ところが、ネット上でちょこっと検索すると、もう、高嶋ちさ子は虐待で絶対悪、と叩く記事やらツィッターのつぶやきやらばかりがヒットしてきて、反対意見が見当たらない、という状況にうすら寒いものを覚えた。
高嶋ちさ子を叩く意見があるのは、大いに構わないのだが、その反対の擁護派の意見がさっぱり見つからない、という状況に、日本という国の異常さが垣間見える。

全ての人が同意見じゃないといけない、という同調圧力の強烈さ。
これは、イジメを生む温床でもあるのではないのか。

もっと、まともな知性を日本人全体が取り戻してほしい、と切に願うばかりである。
俺は、高嶋ちさ子擁護派で、高嶋ちさ子は虐待ではない、という立場を取るものである。
ちょっと、推敲してる余裕がないので、誤字・脱字、変な言い回し等あるかもしれないが、ご容赦願いたい。
……と言っても、こんな弱小のブログを読む人なんて、あんまりいないと思うけどね……(-_-;)
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韓国人こそ歴史を学べ!

今日もシャコンヌの練習。
今日は、一通り通してから、「ここは難しいな……」と思う箇所を取り出してそこを丁寧に練習してみた。

以前は、一通り通すだけで左手指が痛くなってしまって、全然、細かく練習できなかった。
今は、出来るようになった……
前よりも、緻密な練習が可能に。


それはともかく。

次の記事が、ネット上で話題となっているようだ。

韓国人こそ歴史を学べ!――朴槿惠大統領は父親を糾弾すべし - ケント・ギルバート

戦後70年経った今でも、GHQが施した「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」による洗脳が、多くの日本人の意識に植え付けられていて、様々な分野で悪影響を及ぼしている、という話からスタートする。

ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムというのは、かんたんに言うと、アメリカが敗戦国日本に対して、「戦争をしたのは悪いことだった」という贖罪意識を、日本人全体に植え付けることを目的としたプロパガンダ戦略とでも言うべきもので、次の書籍に詳しい。




私もそうだが、これまで日本人は、太平洋戦争(大東亜戦争とも呼ぶ)は非常に悪い行いで、侵略を行ったアジア各国に対して、お詫びせねばならない立場なのだ、それが正しい認識なんだ、と、思い込んできた。

しかし、それは実は、アメリカ(というかGHQ)によって仕組まれた、洗脳プログラムにしか過ぎなかった、というのが真実だったのである。


それに便乗して、隣の韓国は、言いたい放題やっている。
いわゆる従軍慰安婦の賠償問題などがそうである。

そもそも、慰安婦に関して、日本軍による強制連行はなかった、というのが歴史的事実である。
上記リンク先でも述べられているが、韓国人女性を無理やり連れてきて慰安婦にしたのは、他ならぬ韓国人たちであった。
日本軍は、そうした拉致や強制連行まがいの行為をしないように、と取り締まる立場であったことは、当時の資料から明らかとなっている(朝日新聞は、その資料をもって『日本軍の関与明らか』などと事実を歪曲した報道を行った)。


私や妻などは、戦後の日本に生きてきて、いわゆる在日朝鮮人の人たちに対するえげつない差別やいじめを目の当たりにしてきたから、なんとなく「韓国の人たちには、日本はヒドイことをしてきたんだ」という思いが自然と湧いてきていたけども、従軍慰安婦の賠償問題とかは、どうもそういう在日の人たちへの差別問題とは、ぜんぜん別個の問題だったようである。

まあ、詳しくはリンク先を読んでもらえれば分かると思うが、従軍慰安婦に対する補償問題は、すでに決着しているし、日本政府として謝罪は何度となく繰り返し行われてきた。
韓国という国は、こちらが謝れば謝るほど、ますます付け上がって「まだ足りんのぅ~、もっと金よこさんかい!」と恐喝してくる、ヤクザのような国家だった、というのが事実のようである。

あ、それから上記の本も、超絶オススメである。
「いわゆる陰謀論」とか、「著者はこう思う!」とかいう主観論では全然なくて、ちゃんとアメリカまで行って残っている公文書を実地に読んで来て書いているから、説得力ありまくりである。
さらには、現代日本の教育がヒドいことになっている元凶にも触れている。
文句なしの良書である。


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プロフィール

ばっかバッハ

Author:ばっかバッハ
ヴァイオリンを習い始めたのは16歳くらい。
それから30年以上の歳月が流れ…今ではアラフィフ。
年齢とともに楽器を弾くのが辛くなってきたので、ゲームで遊ぶことも。

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