ヴィオラ強化週間だった。

すっかり更新頻度が月刊になってしまっている。


毎日、疲れちゃってね……


それはともかく、ここのところ、ヴィオラの強化に取り組んでいた。
と言うのは、どうもヴィオラの構え方が安定しなかったせいで。

ヴァイオリンの方はもうずいぶんと安定してきて、曲の最初から最後まで、ずっと安定した構えのまま弾き終えることができるまでになってはいたのだけれど。
ヴィオラの方がどうも不安定だったので、ちょっと集中的にヴィオラを練習して、安定した構えでずっと弾き続けられないか模索していた。


その結果。


ついに、安定して弾ける境地に達したっぽいような?
(まだ到達したばかりで、これから定着を図るので)


具体的に言うと、こないだまでは、安定した構え方で構えるとき、まあ、左肩を前にぐい、とせり出させるのは基本なんだけども、それと同時に、顎の真下部分で顎当てを押さえて、左肩と顎の真下あたりで楽器を挟むかたちにしていた。

しかし、それだと顔が左向きになってしまって、どうも弾きづらさMAX。
弾きづらいので、だんだんと弾いているうちに楽器がズレてきてしまう……

さて、どうしよう、困った……そこで。
今回は、顔を左じゃなくて真ん中に向けて、顎当てには顎の真下を当てず、左頬の下あたりを当てるようにしてみたのである。
左肩の上に楽器を乗せて、左頬の下部付近で顎当てを押さえ、楽器を挟み込む感じ。
コレが、意外に楽器が安定する上に、左手指も弾き易い。
ボーイングもしやすい……


若干、顎の真下で押さえるよりも不安定っぽいものの、実際に弾いてみると全然、不安定でもなく、安定している。
そして、楽器が安定しているから、音が出やすい。
楽器が安定していると、弓の重みが自然に弦に乗っかって、たやすくいい音が出てくれるんですね。

しかも。

楽器が安定している上に弾き易い、と来ると、音楽的にニュアンスを付けるのも容易になってくる、という。
これまでのように、構え方で苦労して、弾きづらいのを我慢してえっちらおっちら、一生懸命に頑張って弾いていると、曲のニュアンスを感じ取るとか、それを表現するとか、そんな余裕はまったくなくて。
もう、ただひたすら、ヴィオラを弾くのが苦行の連続、みたいな感じになっちゃって。
自ずと、ヴィオラを弾くのから遠ざかって、ヴァイオリンばかり弾いてしまう、というような状況に陥っていた。


しかし、ちょっと顔の向きを変えてからは、まったく、180度違った……


楽器が安定しているので、ポジション移動がしやすい、ヴィヴラートもかけやすい、ときたもんだから。
弾きながら、曲の微妙なニュアンスを感じることができる。
それを感じたまま、自然に素直に、表現することすらできる。

弾きながら、やべぇ、自分、うまくなってきやがったぞ、こん畜生め、と思えるくらいに。



やっぱり、自分で自分の演奏を、本気で「いい!」と思えなかったら、人さまにお出しできるハズがないじゃないですか。
さらに、自分でいいと思っていない演奏が、他人が聴いていいと思うワケもない。

まずは、自分が究極的に「いい!」と思える、そう感じられる(本気で素直に、欲目じゃなく)ほどの演奏ができて初めて、それを聴く方も、いいと感じてもらえるのではないでしょうか。


自分は苦しい思いして、えっちらおっちら苦労しながら弾いていても、聴いてる方も同じように苦しい思いが伝わるだけで終わってしまう。


本当に聴く人に感動してもらいたい、心に沁みてもらいたい……と思ったら、自分自身が、自分の演奏に感動できて、心に沁みてなかったら、到底無理ですよね。

そんくらいの境地に達して、初めてお客様にお出しできる演奏になるのではないか。
そう、思うワケです。


寝よ。



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ジャンル : 音楽

♪こ~~んば~~ん~~んわぁ~~

♪ひっさっしぃ~~ぃぶり~~ねぇ~~
♪どうにかぁ~無事で~いるよぉねぇ~~
♪どうし~た~~のぉ~知らん~~ん人~~をぉ~
♪見るよぉ~な~目を~して~さぁ~~



……別に、何をやってもうまくは行ってないワケでもない。


とにかく忙しく、体力的にも厳しい日々が続き。
心理的にもゆとりがなかった。


そんな日々でも、練習だけはぼちぼちと続けてはいた。

曲は、バッハのチェンバロ協奏曲ヘ短調BWV1056から復元された、ヴァイオリン協奏曲ト短調を中心に据え。
この曲、相変わらず必ず弾いてます。

なんか、好きで。
しかも、ト短調なだけあって、4の指(小指)と3の指(薬指)を酷使する。
すごく、いい訓練にもなる。
ハイポジションも出てくるし……
好きな曲を、「あぁ~、いいわぁ~」とシビれながら弾きつつ、訓練にも最適、ときているから、休み休みながら必ず弾いていた。


しかし。


いくら、小指や薬指のいい訓練になる、とは言ってみても。
所詮、レイトは薬指・小指あたりの筋力が、決定的に足りてない。

好きな曲で、脳内で音楽が流れるから、それに合わせて無理やり、強引に、薬指も小指も、ガッツリしっかりと、強い力で押さえることは押さえるんですよ。


しかし、筋力が足りてないのに無理やり強引に押さえるから、そのひずみというか、歪みというか。
そういうのが、体に蓄積してくるらしい。

左手指に無理な筋力を発揮するから、それが左腕にきて、さらにはその無理が、腰の左後方あたりに来る。
そこいら辺に、かなりの負荷が掛かって、だんだん蓄積してくる。

ある程度まで溜まると、限界がきて、急にがくん、と大変な不調に見舞われるワケですよ。
キッカケは、精神的なストレスであることが多い。

ちょっとムカつくこととか、腹立つこととか、不快なこととか。
体にひずみが溜まってないときなら、さほどどうということもなく過ぎ去ってしまうような、ちょっとしたストレスが引き金となって、一気に来ます。

腰の、左後方あたりが、猛烈に気持ち悪くなってくる。
以前は、猛烈な痛みを伴っていたけども、最近は緩和してきたようで、痛みまでは行かない。
けど、妙な不快感が、ず~っと続く、という何ともイヤな感じ。

そして、ヴァイオリンを弾いてみても、そんなときは左手指に全然、力が入らない。
弦を押さえるのが、とんでもなくしんどい。
しかも、キッカケは怒りであることが多いから、怒りが脳内を渦巻いて、音楽に集中できない。
ちっとも、弾けやしない。


そんなときは、無理に練習などせず、休むしかない。


楽器には触れず、ひたすら寝たり、ゲームしたりする以外、やりようがない。


ま、そんなこんなで、今日あたりはだいぶ回復したので、またたくさん弾いてみた。


ヴァイオリンの方は、さっきも言ったバッハ伝のヴァイオリン協奏曲ト短調と、それから中島みゆき『糸』、一青窈『ハナミズキ』とかJ-POP。
ああいうJ-POPのメロディーを、自在に歌えるようになると、すごくいいな、と思いつつ。
ヴァイオリンでは、かなりそれが出来てきた。

楽器を安定して構えたまま、内側から湧き上がってくる興に任せて、自在に歌って弾けるようになってきた。


問題は、ヴィオラの方。
ヴィオラはどうも体力的、肉体的にヴァイオリンよりもキッツいのでどうしても弾く頻度が低くなりがちで。
今日も、テレマンのヴィオラ協奏曲ト長調の第1、第2楽章とか、サン=サーンス『白鳥』、フォーレ『夢のあとに』『シチリアーノ』、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調のプレリュード、といった易しめの曲をまずは弾き。

いい音が、前よりも頑張らなくても楽に出るようになっている。
これは、楽器の構え方が安定してきたせい。

楽器の構えが安定していると、弓の自然な重みが弦に乗っかって、楽にいい音が出てくれる。
以前に音がイマイチ貧相だったのは、楽器の構え方が安定していなかったせいだ……

安定した構え方、これは基本中の基本ですね。
そんなことに、30年以上も経ってから気が付くとはね。


それはともかく、その後、懐かしの昭和歌謡に移行したのですが……

『また君に恋してる』『いい日旅立ち』『時の流れに身をまかせ』『秋桜(コスモス)』『なごり雪』『時代』と、CD伴奏に合わせて弾いていたら。
歌謡曲ですから、どうしても長い音でヴィヴラートをかけまくるワケです。
4の指(小指)でもヴィヴラートをかけまくる。

そうすると、安定した構えのまま弾き続けることが非常に難しい。
薬指や小指といった、筋力が脆弱な指で、ガッツリしっかりと弦を押さえたままヴィヴラートをかけまくると、どうしても安定した構え方のままではやりづら過ぎて、ちょっと以前の不安定な構えに戻ろうとしてしまうんですね、体が勝手に。

しかし、ここ数年、修練を積み重ねた安定した構え方の方も、そうはさせじと自己主張してきますから。

以前の不安定な構え方と、最近の安定した構え方とが、ぶつかりあってせめぎあって、その中間みたいな中途半端な位置に楽器が来てしまって、その中途半端な位置がむしろ、ヴィヴラートをがっつりかけて歌って弾くのに一番適している、みたいな状況になってきてしまった。

ですが、その位置って、すごく中途半端で安定してないから、最初っからその位置で弾き始めることができないんですね。
弾き始めてヴィヴラートをかけ始めて、はじめてその位置に楽器がズレていく、みたいな。

だから、すごく困る。


弾き始める前は、安定した構え方でしっかりと構えるんです。
しかし、弾き始めて、長い音でヴィヴラートをかけ始めると、だんだんと楽器がズレて、変な中途半端な位置に行く。
でもその位置が、結局一番、ヴィヴラートを猛烈にかけて弾くには適している……

しかし。

間奏の間に、一度楽器を外してしまうと、また同じように構えることはもはや不可能、という、そのくらい微妙な中途半端な位置の構え方だから、再現性が低すぎて、使いづらい。

最終的には、人前で弾けるようになりたいワケで、その目標にはまだまだ遠い、と言わざるを得ない。

プロみたいに、直前ですっ、と構えてさらさらと弾き始める、っていうんじゃないと。


今だと、弾き始めるよりだいぶ前から、がっつりしっかりと構えて、しかし弾き始めると楽器の位置は中途半端な位置にズレてしまって、一度楽器を外すと再現するのが不可能だから、間奏の間もずっと楽器を構え続けていないといけない、という。

めっちゃくちゃ素人くさい。
いや、素人だから、仕方ないんですが。

でも、プロみたいにカッコよく弾きたいじゃないですか。


それを目指して、また修練の日々。


常に何かを目指している。
だから、面白いんだな。



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このハゲー!!(°Д°#)

先日、某小学一年生との会話。


小学生「今日の給食ねー、このはーげだった」

ぼく「え?」

小学生「このはーげ」

ぼく「……えっ? このハゲ??












このハゲー!!(°Д°#)
このハゲー!

……のヤツ?(笑)」

小学生「違うよ、このは・あげ、だよ」

ぼく「ああ、『木の葉揚げ』、ね……びっくりしたよ、もう。なんで『このハゲー!』っていう給食あんだよ?と思ったじゃん」

その場にいた全員が、笑ってました。



ま、それはともかく。
バッハの(として伝えられた)ヴァイオリン協奏曲ト短調は、いいですね。
すごく、いい。

かなりいい感じに小指を酷使する上に、適度にハイポジションも出てくるので、訓練に非常に適している。
あれを日々、しつこく練習していくだけで、とてもいい訓練になります。

前にヴィオラで、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバソナタ第3番をしつこく弾きまくったら、かなりヴィオラが弾けるようになってきた、というようなことを書いたが、あれのヴァイオリン版ですね。


とにかくレイトは脆弱な小指、薬指の筋力が、かなり鍛えられてゆくのが分かる。
一時はぜんぜん弾けなくなっていた、無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番のガヴォット・アン・ロンドーを近頃は改めて弾き直しているんだけども、ずいぶんと小指・薬指が強化されてきているなぁ、というのを感じる。

ヴィオラに持ち替えても、前は筋力が足りなくてしんどかった箇所が、前よりも力強く押さえられるようになってきているのを感じるワケです。


うん。
あの、チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調BWV1056から復元されたヴァイオリン協奏曲ト短調は、音楽的に非常に優れていてなおかつ、指の訓練にも物凄く最適、という特徴はまさにバッハ特有のものだと思う。

しかし。

弾けば弾くほどに、どうも大バッハ本人とは違う感性も感じるんですね。
もっとリリカルというか、バッハよりも情緒が不安定でもっとロマンティストなような。

やっぱり、バッハ家の、大バッハの息子の誰かが作曲した、というのが真相なのかもしれませんね。
あれだけバッハっぽい特徴を持ちながら、また少し違った感性を感じさせるあたり。

ヴィルヘルム・フリーデマン説は、かなり可能性が高いのじゃなかろうか?


俺は好きだな~。


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バッハヴァイオリン協奏曲ト短調とか。

♪つぼ~みを~ あ~げ~よ~ぉ~ 庭~のハぁ~~~ナぁミぃズぅキぃ~~~~
♪う~~~~~~っすべ~に~い~ろのぉ~ 可愛~いぃ~きっみぃ~~~~のねぇ~~~……



え~、というワケで。
バッハのヴァイオリン協奏曲というと、第1番イ短調、第2番ホ長調、そして二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調の3曲がつとに有名で、というかこの3曲ぐらいしか知られていないというか。
現存しているのは、これら3曲しかない、というのは間違いないところなのでしょうけども。


失われた楽譜、っていうのもある。
バッハの、チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調BWV1056は、もともとはヴァイオリン協奏曲ト短調だったのではないか、と推測されています。

チェンバロ協奏曲ヘ短調はこんなの↓



カール・リヒターのチェンバロと指揮、ミュンヘンバッハ管弦楽団のヤツ。
やっぱりカール・リヒターのバッハはいいね……

それはともかく、これの第2楽章は、スィングルシンガーズによってカバーされ、『恋するガリア』という映画で使われたりした。



これ、かなり昔(20年以上前かな?)AC、公共広告機構のCMでBGMとして使われていた。
なんか懐かしい……


そんなこんなで、この曲、すげー好きなんですよ。
んで、先日、何気なくバッハ無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータの楽譜の、巻末広告をボーッと眺めていたら。
バッハの楽譜として、Violin Concet g-moll とか、さらっと書いてあるじゃないですか(日本語じゃないけども)。
うぉ~っ!?
楽譜、出てるのかっ!!

欲しい!
弾きたい!!


つーことで、探した。
なかなか売ってなくて。

ササヤ書店っていうところで見つけた。
ナイス!

ここは、ドイツ直輸入の楽譜を扱っているお店で、かなりマニアックな楽譜も取り扱っている模様。
ジョリヴェとか(フランスだけど)。
そのうちまた何か買うかな……


そんなこんなで、バッハのヴァイオリン協奏曲ト短調の楽譜がおとといくらいに届いた。
代引きで。

さっそく譜読み開始!


第1楽章。
いいねぇ~、このドイツ的な、心の奥底にずーん、と深く入ってくる感じ?
曲想はけっこう地味っぽいんだけど、どこかしら沁みてくる趣深さがあふれていて、すっごく好き。


そして白眉ともいえる、第2楽章。
いいっスね~、スィングルシンガーズの歌で耳に馴染んだあのメロディー。
あれを、ヴァイオリンで弾く。

いいです。
沁みます。
感動するっ!!
(T▽T)


これだよ、コレ!
これが弾きたかったんだぁーーーーッ!!!


そして、半終止(?)からの、怒涛の第3楽章。
あ~、もうシビれるっっ!!

でも、指使いとかは半端なく難しいゼっ!

第2楽章は遅いから、練習を積み重ねていけば弾けそうだけども、第1楽章と第3楽章は、ト短調だから1番線の解放弦が基本、使えない。
4の指(小指)を使う場面が非常に多く、弾きづらくて難しい。
これはじっくり時間を掛けて練習していく必要がある。
しかも、練習することでかなりいい訓練にもなりそう。


ちなみに、ヴァイオリン協奏曲バージョンはこんな感じ↓



なんか、チェンバロで弾くよりヴァイオリンで弾いた方が、圧倒的にいい気がする。
その昔、NHKの芸術劇場(今はない)で、ロンドンバロック演奏会の模様を放送したとき、この曲をヴァイオリンではなくフラウトトラベルソ(フルートの古楽器)の独奏で演奏していた。
フラウトトラベルソというのは現在の金属製のフルートとは違って、木製だったため、気温の変化によって音程が非常に狂いやすかったらしい。
モーツァルトがその辺を、手紙だか何だかの中でボロクソに文句言っていた、というのは有名な話。


まあ、それはともかく、この曲、原曲らしいヴァイオリン協奏曲ト短調が、バッハ自身による作曲だったのかどうか、不明だという。
確かに、聴いた感じでも、弾いた感じでも、バッハの曲に似てはいるけど、どこか別人による作曲っぽい雰囲気を感じる。
うん。

曲自体も、とっても短くて全楽章を通して弾いても10分くらいで終わっちゃう。
なんかバッハにしては小規模すぎるような。

曲想も、バッハっぽくはあるけども、どこか、バッハの曲にある、あの堅固な構成感というか、がっちりしっかりと積み上げられた安定感というか、そういうのがイマイチ無い感じがする。

大バッハよりも、精神が不安定で、でも情緒的にはよりロマンチックな感性を持った、別な誰かが作曲したような??


長男のヴィルヘルム・フリーデマン・バッハではないか? という説には、それなりに説得力があるような。
でもカール・フィリップ・エマーヌエルかもしれないし、ヨハン・クリスティアンかもしれないし……あるいは、同時代のバッハ家とは無関係な誰かかもしれないし、よく分かりませんね。

有名な、バッハのメヌエットにしても、実はペツォールトっていう全然関係ない人が作曲していた、というのが真相らしいし。


著作権なんていう考え方のない時代でしたから。
だいたい、ヴィヴァルディの4つのヴァイオリンのための協奏曲も、バッハは勝手に4つのチェンバロの協奏曲に編曲しちゃってるし。


もはや原曲が誰の作曲なのか不明なものがあってもおかしくない時代背景なワケです。

でも、いい曲であることには変わりがない。
バッハ作として伝えられた曲の中でも、かなり好きな一曲。
ただし、ピンカス・ズーカーマンによる演奏は、ちっともよくなくて退屈極まりない。
ズーカーマンはヴィオラを弾くと凄まじく上手いんだけど、ヴァイオリンだとなんだか退屈、という欠点がある(個人的見解)。

無駄にエスプレッシヴォで歌い過ぎるんですよね。
ドイツ音楽の様式を、いま一つ分かっていなかったようだ。

ロシア人演奏家にも、同じ傾向はある。

うむ。



ま、それはともかく、ヴィオラの方もかなり弾けるようになってきて。
何日かぶりにヴィオラを構えて、どうも音の出が冴えないな、と思うとき。
バッハのヴィオラ・ダ・ガンバソナタ第3番を全楽章弾くと、一気に音の出が冴えてきますね。

シューベルトのアルペジョーネソナタを弾いても、音が楽にブンブン出る。
伴奏CDに合わせて弾いても、かなり弾けるようになってきた。
マジ楽しい~!!

無伴奏チェロ組曲第1番のプレリュードとかも、一時は全然弾けなくなっていたのが、ようやく以前のようになめらかによどみなく弾けるようになってきた。


またいずれ、人前で弾けるようになりたいものだ。



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ヴィオラが上手くなってきたぞッ!!

え~と。
長らく、放置だった。

何しろ何かと忙しく。
なんか、接待とかもあったり。


そんなこんなで、毎日練習、は出来なかったんだけども、どうもこの、毎日練習するよりも、適度に休みながらやる方が、上達するのかな、と。

いろいろ忙しく、3日も4日も練習できない日が続いたりしても、それでもちょこちょこと練習は続けていて。
なんか、その方がどうもいいっぽい。

ヴィオラがいい感じに弾けるようになってきやがった。
ヴィオラは、構え方を変えて、楽器も調整してもらって、音の出方が以前とまるっきり違ってしまってからというもの、とにかくもう、全然弾けなくて。
音を出すのも一苦労、ましてや曲を弾くなど、というレベルにまで落ちてましたからね。
構え方を変えたから、左手指の角度も違うし、右手のボーイングも角度が違う。
音は前よりもブンブンゴンゴン響くから、押さえる力も半端なく要求される。
えっちらおっちら、どっこいしょ、ってな感じで、まったく曲として弾くことができなくなっていた。


それが、ようやく、新しい構え方、新しい音の出し方に身体が馴染んできたようで。
これは、アレだ。

バッハのヴィオラ・ダ・ガンバソナタ第3番ト短調を、これでもか、とばかりにしょっちゅう弾きまくったおかげだ。
別に、弾きたくないのに嫌々ながら我慢して弾いた、とか、そういうんじゃないんです。
何も頑張ってない。

ただ、あの曲がカッコいいから、弾きたくて弾いていただけで。
もちろん、あのカッコよさを味わうためには、音程が正確じゃなきゃいけないし、音もしっかりと出していかないといけない。
でもそれは、イヤなことを我慢して頑張るのとは違って、やりたくてやることなので。
自分が感動するから、シビれるから、だから、そのために、キツい指使いでも力強く押さえるし、音もブンブン響かせて弾く。

そうやって日々、楽しんでいるうちに、いつの間にか、ヴィオラが上手くなってきた。
これは、ゲームを面白いからやっているうちに上達する、っていうのと、何も違わないな、と感じている。

まあ、今はゲームなんて飽きてしまって、ヴァイオリンやヴィオラを弾く方がはるかに面白くて。


世の中、何が面白いって、ヴァイオリンやらヴィオラやらを弾くこと以上に面白いことなんて、何もありませんね。


そりゃあ、肉体的にはツラい面もありますが。
そんなもの、吹き飛ぶくらい、音楽の感動があります。

それに、そのくらい難しいことじゃなきゃ、本当に面白くはないワケです。

ゲームなんてのは、ある程度やり込むと、やり尽して飽きてしまいます。
まあ、そしたらまた新しいゲームを買うんでしょうけど、それも、繰り返しているうちに同じようなモノばかりになってきて、ゲームそのものに飽きてしまう。


その点、クラシック音楽というのは、どこまで行っても極めつくせないくらい難しいですからね。
ワタシみたいなレイトだと、弾きたくても弾けない曲がたくさんあるし。
そういうのに果敢に挑むのもまた面白いし(やっぱり弾けないけど。メンデルスゾーンのコンチェルトとか)。


一度は弾いた曲でも、もっと上手く、いい感じに、いい音で、お客様にお出しできるレベルで、とか追求し出すと、もう果てがないというか。

弾ければそれで終わり、っていうほど甘くないですよね。
バッハの無伴奏もですねー、ヴァイオリンのとチェロのと、たくさんありまして。
一応、全ての曲を一通りは弾いてみたけども。

また改めて、無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番のガヴォット・アン・ロンドーを弾いてみたり。
これ、なんだかんだと、無伴奏ヴァイオリンの基本ですよね。
適度に難しく、適度な長さで、親しみやすく割と知られている(CMでも使われていた)。

これも、前に弾いたことはあったハズなんですが、構え方やら音の出し方やらを変えたせいで、まったく弾けなくなっていたんです。
でも、ようやく新しい弾き方に身体が馴染んできたようで、また弾けるようになってきた。
だから、また人前で弾けるレベルになるように、ちょこちょこと練習してみたんですわ。
なんつーか、前は硬い左手指で、指の形をがっつりキメて弾いていたんですが、今は違いますね。
本当の実力で弾いていく、という感じに変わった。
だから、前は弾けていたところも、今は弾くのがしんどいんですが、でもしっかりと地道に練習を重ねていけば、真の実力となりそうな、そんな気配が漂っている。

ガヴォット・アン・ロンドーの次の、メヌエットもすげーいい曲で、大好きなのでこれもさらってみたり。
これもまた難しい。

前は、どうにか弾けそうな弾けなさそうな、綱渡り状態のギリギリで弾き進めていたものだったが。
今になって改めて練習してみると、しっかりとガッツリと、安定して確実に弾けるようになりそうな、そんな練習ができる。

全然、違います。
やっぱり、奥が深いというか。
1回弾いたら、それで終わり、ではとてもじゃないが済まないですね。
より確実に、より安定したテクニックで。
そしてもっと音楽的に。感動的に。
いい音で、しっとりと。
心に響く演奏が、出来たらいいなぁ……
いつか、たくさんの人に、この感動を伝えることができたら、どんなに楽しいだろうか。

そんな夢を見ながら、弾くワケです。
別に、苦しいことやツラいことを我慢して頑張るワケではなく。
とにかく、楽器を弾くことが楽しい。
楽しむために、肉体的にキツい訓練も平気でする。
そういう境地。

ヴィオラの方は、シューベルトのアルペジョーネソナタ第1楽章とか、テレマンのヴィオラコンチェルトとか、無伴奏チェロ組曲とか、とにかく弾きまくりで。

いい音が、ブンブンブリブリ出まくります。
左手指に要求される筋力は相変わらず凄まじいものの(特に4番線、3番線あたり)、そんなものは気力、精神力で軽々と乗り越えます。
心の中で歌うことが、一番重要。
心の歌につられて、左手指も従属して動く。

心の歌がないのに、左手指だけ頑張っても、決して弾けるようにはなりゃしない。
心の中の歌が、音楽の一番の基本です。

テクニックは、それを表出するための手段でしかない。

ここら辺が分かってない日本人が、まだまだいる。
心の中でまったく歌ってないのに、指だけで音を出している人がいる。

そういう人の演奏は、心に響かないし退屈極まりないし不快で苦痛でしかない。

たとえテクニック的には下手で、弾き間違えたりしたとしても、心の歌がある人の演奏は、なんだか聴いてて楽しめるものです。
発表会を聴きに行くと、それをものすごく感じる。


本当に音楽をしているかどうか?
が一番重要なところであって、テクニックは二の次でしかないんですね。

たとえ、違う音を弾きまくりで間違えまくりでテクニック的には壊滅的であったとしても、心の歌がある人の演奏の方が、聴いてて楽しめるんです。
逆に、テクニック的には別に弾き間違いもなく、ソツなくミスなく弾きとおしていたとしても、心の歌がまったくない人の演奏は、退屈なだけで面白くもなんともない。


それが、ヨーロッパの音楽文化、っていうモノです。
もっと、日本人もその辺を理解する人が増えた方がいい。


クラシック音楽なんて、西洋の文化で日本の文化とは関係ない!
とか、そういう問題でもないと思うのだが……

日本にだって、お琴とか三味線とか、和太鼓とか、邦楽がありますよね。
基本は同じだと思うんですね。

それに、昨今のグローバル社会ですから。
洋の東西を問うのはもはや時代遅れなのではないかと。
そう、思うワケです。


にしても、関係ないけど、J-POPって、もはやまったく、一つとしてヒット曲出ないですよね。
衰退し過ぎもいいところ(笑)
JASRACもさ~、衰退産業で収益が減りまくってるからって、とにかくどこからでも著作権料の名目でむしり取ってやれ!
みたいな強硬な姿勢って、見苦しいし必死すぎて、誰も支持しないと思う。

NHKの受信料も同じ。
あんな時代に合わない、旧来の悪い意味で日本的な制度は、止めるべき。
日本的なバカげた古臭い因習が、まだまだたくさん残っている。

そういうの、とにかくやめた方がいいんだけどね。


グローバル経済の中で、取り残されて、損するのはワタシたち日本人ですからね。



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プロフィール

ばっかバッハ

Author:ばっかバッハ
ヴァイオリンを習い始めたのは16歳くらい。
それから30年以上の歳月が流れ…今ではアラフィフ。
年齢とともに楽器を弾くのが辛くなってきたので、ゲームで遊ぶことも。

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