なんか自分、上手くなった。

ここのところお仕事がハードモードで、あまりたくさんは練習できなかったのだが。
今日も土曜出勤で、クッソ面倒くさいエクセルシートの数字合わせ。
合わなくて難儀した……

夜になってから、おもむろに練習開始。

なんだか、最近、やっとヴァイオリンとかヴィオラとかの弦楽器の弾き方が分かってきた感じがする。

今夜はヴァイオリンの方は、ドヴォルザークのユーモレスクを普段より丁寧に練習した後、久しぶりにコレルリのラ・フォリアを弾いてみた。

この曲、前に練習していた頃は、まだ「安定した構え方」が完全には身についていなかった。
曲を弾いているうちに、だんだんと構え方がズレてきてしまって、なかなか最初から最後まで安定した構え方のまま弾きとおすことが難しかった頃だった。

しかし、今日はあの頃とは違う……
今は、安定した構え方が安定してできる。
コレルリのラ・フォリアでも、最後まで安定して「安定した構え方」のまま、弾きとおすことができる……

安定した構え方から、ゆったりと余裕で、音を響かせていく。
音を出そうとして、変に力む必要とかは全くない。

ただ、楽器の物理的特性に基づいた要求に応えて、楽器を効率よく振動させて、音をぶんぶん響かせていけば、おのずといい音が出て、いい音楽ができる。

これが、これまで難しかったのだ。
そして、初学者にとっても、多くのレイトスターターにとっても、なかなか到達できない境地なのだな、と、しみじみと実感した。
そこに、ようやくたどり着いた感じがした……

やっと、「音楽」のスタートラインに立てた、そんな気がする。

ラ・フォリアは、久しぶりに弾いてみると、前は弾きづらかった箇所が、今はそれほど苦労することなく弾けたり、明らかに進歩が見られた。
それに、安定した構え方から繰り出される、余裕を持った音出しによる、ゆとりのある演奏。
自分で弾いてて、自分、なかなか上手いんじゃね? とさえ、思える。
別に、うぬぼれとか思い込みとかじゃなく。

そこは、本当に。


コレルリのラ・フォリアをCDに合わせて、割と本気モードで弾くと、一気に疲れて脱力してしまう。
しばし、ボーッとした後。

ヴィオラに持ち替え。


ラフのカヴァティーナを弾く。
これも、変に力むことなく、すいすい、ぶいぶいといい音を響かせていく。
この、「余計な、不要な力を入れず、必要なところだけ筋力を発揮していく」という状態を、一般的には「脱力」などと呼ぶのかもしれない。
でも、別に本当に脱力しているワケでもなんでもない。

左手指の押さえ、右手の弓の保持、ここら辺には、しっかりがっつりと、力入ってるし。
ただ、それ以外の、不必要な部分には、まったく力入れてないだけで。
左手はガッツリ押さえ、右手はしっかりと弓を保持し、弓は弦にガツッと食い込んだ後は、ただスイーッと弦の上を滑っていく。
ここには、力は入らない。
むしろ、入れてはいけない。

楽器本体がビンビン振動するのに任せる。
それを妨げるような、余計な力みは入れない。


楽に、すごくいい音が出まくる。
コレ、ヤマハサイレントヴィオラの効果でもある。
ここ1週間の間は、どうも疲れちゃって練習するのしんどいわ~、っていうとき、ヤマハサイレントヴィオラだけ弾いて終わり、っていう日もあったんですけども。
それが、意外にいい効果だった。

どこぞの某エレキヴァイオリンと違って、ヤマハサイレントヴィオラは、いくら弾いても電子音の不快感がゼロなんですね。
不快感どころか、弾けば弾くほど気分が乗ってきて、もっと弾きたくなるほど。
アレは、ホントにすげぇ。

開発には、相当な年月と手間暇とコストが掛かっているハズだ。
本当にヴィオラが上手い人が、何度も何度も試奏を重ね、意見を出して改良に改良を重ね、ノウハウを蓄積して、そしてようやく完成させた、そんなYAMAHAの技術の粋を集めた逸品なのだろう。

ヴィオラだからか、需要がなくてあまり製造されてないのが、非常に残念である。
世界に誇れる、世界に発信できる、日本の優れた技術力の昇華だと思うんだけどなぁ。

ま、あまり海外では、サイレントヴィオラの需要なんてないのかもしれないけども。

おっと、話が逸れた。


何の話だっけ。

カヴァティーナの後は、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007のプレリュード。
これ、こないだまでよりも、各段に上手く弾けるようになってきた。

自分で弾いてて、自分、ちょっと上手いんじゃね? と思えるレベル。
いや、うぬぼれとか思い込みじゃなく。

これもヤマハサイレントヴィオラの効果だ……


ヤマハサイレントヴィオラのおかげで、生楽器でも、楽に音を出すことができるようになってきたんですね。
前は、なんだかんだ言って、かなり頑張って音を出していた。

それが、サイレントヴィオラを弾いた後だと、楽に、それほど苦労せず、力まず、いい音が出せるようになっていた。
やっぱり、ヤマハサイレントヴィオラは、とてつもなくすげぇ……

あきれるほどに、素晴らしい。


それはともかく、バッハの無伴奏プレリュード。
前は、音がところどころスカってしまって、なかなか安定していい音を出し続けることが難しかった。
それが今は、ヤマハサイレントヴィオラのおかげで、最初から最後まで、一定のいい音を安定して出し続けつつ弾きとおす、ということができるようになってきたのである。

す、すごい。
すごすぎる……
ヤマハサイレントヴィオラ様様である。


無伴奏のあとは、無性に懐かしの昭和歌謡が弾きたくなってきた。
サイレントヴィオラでよく弾いていたから、ってのはあるけども。





↑コレ。

コレ、マジで楽しいです。
マジヤバいです。

この楽譜を買ったばかりの頃は、まだ頑張り奏法だった。
でも今は違う……変に力まず、余計な力は入れず、余裕でゆとりを持って「歌うこと」に専念できて、楽に弾けるようになった。

いやぁ……心に沁みる。
どれもいい曲ぞろいだが……
『いい日旅立ち』
『時の流れに身をまかせ』
『秋桜』
『なごり雪』
『時代』
『また君に恋してる』
『川の流れのように』
『卒業写真』
そしてまた最後に『時の流れに身をまかせ』を、それぞれCD伴奏に合わせて弾いた。
まるでカラオケだ……

でも、どれもめちゃくちゃいいぜッ!!
沁みるね。


前よりも楽にいい音を響かせて、心の感じるままに歌えるから、自分で弾いてて、自分、なかなか上手いんじゃね? と思えてくる。

恐らく、間違ってはいまい……
そんな、確信がする。


懐かしの昭和歌謡は、いずれ人前で弾くか……

でも、こういう曲って、人前で弾くとJASRACが何か言ってきたりするんだろうか。
お金取ってなくて、何ら利益を得ていなくても、人前で弾くだけで、「著作権料がどうたらこうたら!」とか面倒くさいことを言ってくるんでしょうか???


ま、仮に本当に人前で弾いたとしても、ここには書かないでおいた方が無難ですね。
録音してアップなんて、もってのほかだろう。


まったく、世知辛い世の中になりましたね。



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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

こ、これがYAMAHAの技術力か…!?

ヤマハサイレントヴィオラの件です。





こいつは……スゴい。


どこぞの某エレキヴァイオリンのときは、30分も弾いていると電子音のブビブビ音に神経が苛立ってきて、頭が痛くなって非常に不快な気分になり、弾いていられなかった。
あぁ~、もういいや、っていうか、もうダメだわ。
ってな感じだった。


ところが、ヤマハサイレントヴィオラは、全然違った……
別世界、別次元だった。

弾いても弾いても、イヤにならないどころか、もっと弾きたい、もっとこの音に浸っていたい……という、まるで生ヴィオラの時のような感覚が、そのまんまあるではないかっ!!


なんだコレはッ!!!
電子の革命だな、もはや。


ちなみに、念のため説明しておくと、サイレントヴィオラとかサイレントヴァイオリンという名称は、YAHAMAの登録商標です。
ヤマハサイレントヴィオラというのは商品名で固有名詞であり、一般名詞で言うところのエレキヴィオラに含まれる、ということ。

だからまあ、エレキヴィオラと言っても別に構わないのだが、ここではあくまでYAMAHA製品の素晴らしさを語っているので、サイレントヴィオラと呼ばせてもらう。


今日は日曜日ということで、昼間っからヴァイオリンを弾き。
といっても昨日、弾きすぎたのでユーモレスク、バッハのヴァイオリンソナタ第2番イ長調BWV1015全楽章あたりで終わりにしておいた(これでも多いかも?)。


休憩の後、生ヴィオラでラフのカヴァティーナとか、バッハ無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007の全曲とか、ヴィオラ・ダ・ガンバソナタ第2番ニ長調BWV1028の第1・2楽章とか、あと久しぶりにシューベルトのアルペジョーネソナタの第1楽章とかを練習して。

夜中になってから、おもむろにサイレントヴィオラ。

もうね、調弦で音出すでしょ。
ここから、低音弦の響きの深みに、シビれますわ。


クラシック系の、フォーレ『夢のあとに』『シチリアーノ』とかを弾いてみる。
生ヴィオラとは少し感覚が違うものの、エレキヴァイオリンのときのような、弾いているうちにイヤになってくる感覚はなく。
むしろ、これはこれでなかなかいい味わい。

フォルテのときに、音が出ていないような感じがするのは、楽器本体が振動する感覚がないためだ。
そこがちょっと拍子抜けしてしまうのだが、弱音はかなりいい感じに出ますね。

『夢のあとに』は、弱音で歌うところが出てくるけど、ああいうところが意外にイケる。
昨日、電子楽器はニュアンスが付かない、みたいなことを書いたが、そうでもないかも。

意外に、弱音のニュアンスが、出ること判明。
すごいです。
これがYAMAHAの技術力の高さか……。


クラシック系のあとは、懐かしの昭和歌謡を弾いてみた。



↑この中から、いろいろ弾いてみたのだけど。
特に、さだまさしの『秋桜(コスモス)』あたり、弱音であの物憂げで悲しげな名旋律を奏でると、何やらすっごくいい感じに雰囲気が出るではないか。

う~ん、すごい。
電子楽器なのに、これほどまでに微妙なニュアンスもつくとは。

しかもですね~、弾いてて全然、イヤにならないんですね。
頭痛くならない。

さすがはYAMAHA。
よ~く考えて、作り込まれています。
その技術力の高さに、脱帽ですね。

すごい。すごすぎる。

これほどすごい製品が、需要がなさ過ぎるのか、納品まで1ヶ月以上も掛かる、とか。
ヴィオラだから需要がないのか。

ヤマハサイレントヴァイオリンの方なら、それなりに売れているのだろうか。


前に買った、どこぞの某エレキヴァイオリンは、もう二度と弾くことはないな……
だって、30分も弾いてると頭痛くなってきて不快な気分になってくるんだもん。
そんな楽器、弾けるワケないじゃないですか。
思い出すだけで吐き気してくるし(事実)。


これから旅行のときは、ヤマハサイレントヴィオラを持ち込んで、ヴィオラ三昧だな……

ヴァイオリンの方は練習しなくてもいいかな。
どうしてもヴァイオリンを旅先で練習したいのなら、ヤマハサイレントヴァイオリンも買うしかあるまい。

……と思ってAmzonで検索してみたら、ずいぶんと種類があるのね。
SV250(高い!)とか、5弦のSV255? 5弦のなんていらねー!
SV130にSV150、SV104なんてのもあるなぁ。

アンプが内蔵じゃなくて外付けだったり、肩当が自由に選べなかったり、いろいろ問題はある模様。
どれがいいんだろう。

サイレントヴィオラだけあれば、別にいいか……

目的は、がっつり真剣に練習することじゃなくて、旅行先とかでちょっと楽器を弾いて、少しでも弾く力が衰えないようにするため、だからねぇ。


……にしても、某エレキヴァイオリンは、安もの買いの銭失いそのものだった。
最初からYAMAHAにしときゃ良かったよ……


実はこれは、生ピアノと電子ピアノにも同じようなことが言える。
中途半端な安電子ピアノだと、弾いてもまったく気分が乗らないんですね。
弾くのが苦痛にさえなってくる。
といっても、使える電子ピアノには出会ったことがないので(そもそも、そんなに何度も買わないし)、何がお勧め、とかはわかりません。
お店でしつこく何度も試奏して確かめるしかないかも。


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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

ヤマハサイレントヴィオラを買ってみた。

ヤマハのサイレントヴィオラを買ってみました。



いや、実は3月20日に注文はしたのですが、どうも需要がなさ過ぎて製造していなかったのか、受注してから製造していたのか、今日まで時間が掛かってしまっていたのでした。


しかし。
価格の高さ、納入までに掛かった時間……それらを軽く凌駕してしまうほど、その商品としての質は高かった!


Amazonのレビューにも書き込んだが、電子音のハズなのに、音色がめちゃくちゃいい。
良すぎる。

まるで本物のヴィオラみたいな、深みのある低音、艶やかな音色。
す、すごい……

ちょっと音出ししただけで、シビれた。
しかも、どこぞのエレキヴァイオリンとは全然違って、音を出しても神経が苛立たない。
電子音のハズなんだけど、ちっとも不快じゃないんですね。

すごすぎる。

むしろ、いい音すぎて、音色に魅せられてしまって、もっと弾きたい、もっと音を聞きたい! という気分になってしまうくらい。
どこぞの安エレキヴァイオリンとは、別次元でした。

さすがはYAHAMAの技術力です。
伊達に値段が高いワケではない。
価格の高さに見合うだけの、本当の価値があった。

まったく後悔はしていない。むしろ満足しか、していない。

試しにバッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007のプレリュードとかを弾いてみても、まったく違和感なく弾けるし、むしろ弾いてて楽しいくらい。
フォーレのシチリアーノとかも、生楽器よりもすんなりといい音で弾けて、かえって弾きやすい。

電子楽器って、生楽器にある変なクセが、ないんですよね。
木で出来た本物の生楽器は、楽器ごとに妙なクセがありまして、それが個性になっていてかえって良かったりもするんですが。

ワタシが使っている愛器のヴァイオリンもヴィオラも、どちらもドイツ製ですが、やっぱりクセがあります。
すっごくいい音がする反面、何やら異常に弾きづらい面も持っていて、それにどう対処するか、どう扱うか……という辺りに苦慮するところが、まるで人間を相手にしているかのような。
そんな、アナログな感覚が、生楽器にはリアルにあるワケです。

そこがまた魅力でもあるのですが。

でも、電子楽器には、そういう変なクセがまったくありません。
だから、生楽器に比べるととても弾きやすい。
いい音も、すんなりと苦労せずに出ます。

まあ、苦労せずにいい音が出るなら、それに越したことはないんだけども。

しかし、電子楽器の電子音は、たとえそれがすごくいい音だったとしても、生楽器と比べると、どうも精妙なニュアンスが付かない。

本物の生楽器だと、微妙な弓の圧力とか、左手指のヴィヴラート加減とか、何だとか、言葉では言い表せない微妙なところで、なんだか絶妙な音色の違いというか、精妙なニュアンスの違いが付くんですね。
それが、イマイチ電子楽器だと、出ない。
いつも、同じような音になってしまう。

それは、音色の優れたヤマハサイレントヴィオラであっても同じです。
やっぱり、いくらYAMAHAの技術力が非常に優秀であっても、最終的には生楽器にはかなわない。
それは強く感じます。


なので、やっぱり生楽器で練習しまくり。
でもヤマハサイレントヴィオラは、本当に音が小さいようで、急に生ヴァイオリンに持ち替えて音を出すと、すさまじく大きな音が出ているように感じてしまう。

あれ、ヴァイオリンってこんなにうるさい音が鳴り響いていたんだっけか?
と思ってしまった。

まあ、音色がいいから、大音量で鳴り響いていても苦にはならないんだけど。
しばらく弾いていると、すぐに慣れるし。

今日はまずタイスの瞑想曲、ユーモレスク、ゴセックのガボットあたりを弾いた。
ユーモレスクは、自分でも驚くほどクソ難しい重音が、前よりも弾けるようになってきた。
和音が合うようになってきている……すごい。
弾きながら、和音が合うと、心に沁みて感動してしまうんですよね。

あぁ……これを淀みなく、スムーズに止まることなく、心に響く和音で弾き切ることができたら、すっごくいいんだけどなぁ。
人前で弾けるレベルまで行けるだろうか?

今はまだ、そこまでは達していない……


その後はバッハのヴァイオリンソナタ三昧。
第2番イ長調BWV1015を第1楽章から第4楽章まで譜読み。
弾けば弾くほど、この曲を好きになっていく。
やっぱりバッハは、CDとかを聴くよりも、自分で弾いた方がその良さにハマる気がする。

続いて第3番ホ長調BWV1016を譜読みしてみたが……
この曲を真面目に譜読みするのは実は初めてだったりする。

一口に言って、激ムズである。

#4つは、やはり譜読みが激烈にしんどい。
第1楽章を最後まで譜読みできずに、第2楽章も手を付けてみる……が、これも途中で挫折。
キレイな曲なんだけどね……譜読みが鬼すぎる。
いかにもバッハっぽい。

なんだか不完全燃焼になってしまったので、第1番ロ短調BWV1014を全楽章、久しぶりに弾いた。
かつてこの曲をさらっていた頃は、まだ楽器の構え方が安定していなかった。
今、安定した構え方を80~90%くらい習得した状態で弾くと、以前とは全然、違う。

前よりも、余裕を持って弾ける。
ゆとりを持って、音楽に取り組める。

CDとの合わせ、音の出し方、細かい音符を的確に弾いていくこと……あらゆる面において、前よりも明らかに向上している。

前は構え方が安定していなかったから、CDと合わせるのも一苦労で。
CDのチェンバロパートをよく聴いてる余裕がなかった。
あと、長い音を出すときの、音の出し方。

安定した構え方だと、音を出すために気張る必要がまったくない。
むしろ弓を弦に預けて、体を楽にして楽器の響きをそのまんますんなりと出させてあげる感じになる。

これが以前は、構え方が安定してないからイマイチ楽器の響かせ方もうまくいっておらず、音を出すために頑張ったり、変な不要な力が入ってしまったり、無駄に疲れていた。
それが今は、楽に弾けるようになった。
無駄に疲れなくても済むように。

すごい進歩だ……


とはいえ、さすがに4楽章までCDに合わせると、疲労を感じてきた。
すかさず、ヴィオラに持ち替え。
サイレントではない、生ヴィオラ。

曲はやはり、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバソナタから。
第3番ト短調BWV1029の第1楽章。
なんだか、サイレントを弾いた後だと、テクニック的に楽になっている気がする。
電子楽器のクセのない感じで弾いた後だと、その弾き方を体が覚えていて、生楽器になったときも、サイレントの時のような音を出しやすい弾き方で弾いてしまう。
その結果、ちょっとクセのある生楽器でも、すんなりと音を出せるようになっている、みたいな。
そんなような感じがする。

ものすごく頑張らなくても、音が出せるような。
でもこれ、いい曲だね……
カッコよすぎる。

その後は、やはりヴィオラ・ダ・ガンバソナタの第1番ト長調BWV1027から第1楽章と第2楽章を譜読み。
これも、弾けば弾くほど、好きになっていく。

これら、ヴァイオリンやヴィオラ・ダ・ガンバとオブリガートチェンバロのためのソナタ群って、無伴奏ほどのインパクトや派手さはなくて、どっちかっていうと地味で良さが分かりにくい系列だと思うんですけど。
自分で弾いてみると、あと歳をとってくると、なんだかすっごくいい曲に思えてきました。

まあ、今まで、良さを分からないまま来ていただけだったんでしょうけども。


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テーマ : クラシック
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バッハ三昧だっ!!

ちょっとモーツァルトは疲れたので封印。

今日はバッハばっかり弾いた。
バッハばっかり、バッハばっか、ばっかバッハ。



ユーモレスクだけは一通り練習して。
ずいぶんと重音の音程が合うようになってきている……が、まだまだなめらかに曲っぽく弾くには修練を要する。


その後はバッハ三昧。
といっても、無伴奏ではなく。

オブリガートチェンバロと独奏楽器のためのソナタ系。


念のため説明しておくと、オブリガートチェンバロとは何か、というと。
いわゆる通奏低音ではなくて、チェンバロの右手、左手それぞれが独立した声部として書かれていて、ヴァイオリンやヴィオラ・ダ・ガンバなどの独奏楽器と三重奏(トリオ・ソナタ)を成しているような書法を言う。

通奏低音の場合、楽譜にはコード(和音)しか書いてなくて、奏者が即興で自由に伴奏を付けるスタイルらしい。
しかもチェロやファゴットなどの低音楽器も加わるし。

オブリガートチェンバロの場合は、チェロ等は加わらなくて、チェンバロパートもヴァイオリンやヴィオラと同等かそれ以上に活躍するし難易度も激烈に高い。


ヴァイオリンの方は、ソナタの第2番イ長調BWV1015を全楽章。
いいよね、この牧歌的な穏やかな優しい感じ。

第3楽章だけ短調なんだけど、シューベルトのような悲痛さはなくて、しっとり切なく心に沁みる、くらいなのがまたいいね。

第4楽章は少しアクティブな感じが加わるけど、やっぱりのどかな農民舞曲、っていう雰囲気。
田園風景っぽくて、すごくいい。


ヴィオラもやっぱり同様で。
ヴィオラ・ダ・ガンバソナタ第3番ト短調BWV1029の第1楽章をかなり真剣に練習してみた。
これ、とにかくめちゃくちゃいいですね。

とにかくカッコいい。
短調なんだけど、悲劇的ではなくて、力強い感じ?
どこか英雄的な。
悲劇の英雄の活躍譚みたいな印象。

今日は、楽譜には一切書いていない指使いを真面目に考えて書き込んだり、どうしても合わないボーイングを調整するためにどこでどう合わせるかを書き込んだり、なんだかいかにも練習っぽい感じに。
でもこの曲に魅せられて、弾きたくて弾いてるだけだから、まったく苦にはならないぜッ!

結局、3回も全体を通して弾いた。
何度弾いても、カッコよくて心にズンと響く、バッハ作品の中でもかなり上位に来るであろう超絶名曲だと思う。


その後は、ヴィオラ・ダ・ガンバソナタ第2番ニ長調BWV1028の第1楽章と第2楽章を譜読み。
これもまた、いいね……。

ヴァイオリンの方と似通っていて、牧歌的な平和的な、穏やかな雰囲気の中にときおり差してくる切なさの陰がまた胸に沁みる(特に第1楽章)。

第2楽章はリズミカルというか活発な感じの主題を中心に展開されるが、これがまた素朴な農民舞曲っぽくてまた味わい深い。
こういうソナタ系って、教会ソナタであって世俗音楽ではないハズなんだけども、どうも弾いた印象だと世俗の舞曲っぽい印象を強く受けます。

ワシが間違っているのか、あるいはバッハが教会よりも世俗向けを意識して書いたのか。
その辺は分かりかねる。


でも、まあ、モーツァルトみたいな常軌を逸したとんでもハイテンションではなく、落ち着いて地に足の着いた感じの穏やかで牧歌的な雰囲気が、精神衛生的にはすごくいいですね。


昔習ってた先生は、モーツァルトみたいな異常なハイテンションをとてつもなく好んでいた。
そして、実はバッハの良さをどうもよく理解できていなかったらしい。

だって、あの先生、「バッハを好き、なんていう人は軽蔑する」などと言い放っていましたからね。
おかしくないですか。

自分が理解できないものを、好きと言う人のことを軽蔑するなんて、横暴意外の何ものでもない。
ワタシに言わせれば、バッハを好きと言う人を軽蔑するなどと言うお前をこそ、心の底から軽蔑して差し上げるよ、ってな具合ですわ。
まあ、だからあの先生がバッハのヴァイオリンソナタを弾いても、ちっとも良くなかったのかもしれませんけども。

あの先生はどうも、自分に理解できない世界はすべからく無価値で下劣なものでしかない、と思い込んでいて、それを省みる気持ちも一切皆無だった、という、とてつもなく横暴極まりなく独りよがりで独裁専制君主的な人でした。

ま、ワタシが習い続けることができなくても無理もなかった、としか言えませんね。



とはいえ、音楽の世界では、何か極めた人であればあるほど、そうなる傾向があるように見受けられる。

うん。
(その傾向はジェダイ全体に見られるのぅ。自負心が強すぎるのじゃ。年長のジェダイの中にすら、おる)

具体的に誰、とはとても言えませんが……あの人とか、あの人とか。
あの人も……


とっても俺様だったり、○○はキラい! と言い放ったり(別に言ってもいいんだけど)。
もう少し謙虚になって、自分には理解できない世界もある、と認めて、それを探求してみる気はありませんか?
と言いたくもなるのだが……

でもそういう人に限って、めっちゃくちゃ実力的に優れすぎていて、ワタシみたいなレイトの半端モノの意見なんて聞く耳持つハズもなく!


ワタシが良かったのは、むしろレイトで実力的に全然及ばず、その分謙虚でいられたことかもしれません。
いや、偉そうなことをここでいくら言っていたとしてもですね、やっぱり、自分には理解できない世界があるよなぁ、というのは常に思ってますし。

自分に理解できない世界には何の価値もない!
あんなのを良いと思ってるヤツなんてただのバカか基地外だ! なんて横暴なことは毛ほども思いませんしね。


人は、人によっていろいろ違うんです。
何を良いと感じるか……


同じ人でも、ワタシみたいに、年齢を重ねるとまた違ってきたりする。
一番馬鹿げているのは、コレはダメ、コレはいい、とか決めつけてかかることですね。


今は何がいいんだか理解できなくても、5年後、10年後には良さが分かるときが来るかもしれない。

それを、モーツァルトはクソつまらねぇだとか、バッハを好きな人は軽蔑するとか、何だとか、決めつけて掛かっているのは一番、愚劣で馬鹿で横暴で独りよがりで、本当のクソでカス野郎ですね。


決めつけが、一番よくないです。
これだけは、真実。

……いや、そうは言っても、ダメなモノはやっぱりダメですけどね。



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モーツァルトは疲れる…

今日はなんだか疲れちゃって、練習は少しだけで切り上げた。
疲れちゃった原因は、どう考えても昨日、モーツァルトを弾きまくったせいだ。

ヴァイオリンソナタ第25番ト長調K301である。


あの曲に限らず、モーツァルトの曲って、ヴァイオリン協奏曲とかもそうだけど、どれも尋常ならざるハイテンションを要求される。
かなりぶっ飛んだ、精神的高揚と言うか、何と言うか。


それはそれですっごく楽しいのではあるが、同時にとても疲れる。

バッハはそうじゃない。
もっとしっとり落ち着いている。
精神的に安定しますよね。

モーツァルトはぶっ飛び過ぎていて、精神が不安定になるよ……


以前は、モーツァルトを弾くと数日後に、神経のバランスを崩していたものだった。
最近はそういうことはなくなってきたけども。
でもすさまじく疲れることには変わりない……


なので今日はバッハを中心に。

バッハのヴァイオリンソナタ第2番イ長調BWV1015の第1楽章と第2楽章をしっとりと弾いた。
1楽章はそれほどでもないが、2楽章が難しい。
これをCDに合わせて弾けるようになるには、まだまだ修練が必要そうだ。


ヴィオラも、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバソナタ第1番ト長調BWV1027の第1楽章と第2楽章を譜読み。
これ、いい曲だね……

のどかな田園風景かな。
穏やかで優しくて。

落ち着くね。


こういう良さって、若い頃にはまったく理解できなかった。
もっと刺激の強いのばかり求めていたからなぁ。


あと、無伴奏に比べて、精神的にというか、音楽的にというか、何かが楽。
チェンバロパートがある、という、心の拠り所でしょうか。

無伴奏だと、たった一人ですべてやらなくちゃいけませんからね。
ヴァイオリン、もしくはヴィオラ一丁で。

でも、チェンバロパートがいると、一人で全責任を負う必要がない。
そういう、精神的な楽さが、無伴奏に比べてありますね。

テクニック的には、意外と難しいんですけどね。
無伴奏より難しい面もある。
でも精神的に楽。


ヴィオラ・ダ・ガンバソナタはCDがないから、弾くのは常に一人ではあるんだけど、脳内でチェンバロパートが流れてますから。
ヴィオラパートを弾きながらも、脳内のどこかでイメージのチェンバロパートが流れている。

だから、実際にチェンバロが鳴っていなくても、無伴奏とは違うんですね。
弾く感触が。


う~ん、ヴィオラ・ダ・ガンバソナタ、シューベルトのアルペジョーネよりもハマってしまったな……


アルペジョーネは、あの深刻な情緒を感じ取るだけの気力が今はない。


最近は明るい曲を弾きたい気分なので。
理由は不明……(春だから?)



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プロフィール

ばっかバッハ

Author:ばっかバッハ
ヴァイオリンを習い始めたのは16歳くらい。
それから30年以上の歳月が流れ…今ではアラフィフ。
年齢とともに楽器を弾くのが辛くなってきたので、ゲームで遊ぶことも。

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